第2話
黒方無銘、二十七歳。
職業不定、定期的に振り込まれる生活費用で生きている。
その生活費用の内訳、
生活費用三十万。
家賃(光熱費、水道代、ガス代含め)十万円。
食事代(外食が基本)三万円。
趣味代(パチンコ、スロット)十七万円。
「うわ、ヤベエ、久々のフリーズ」
パチンコ店は基本的に騒音の嵐。
必然的に出て来た声も音によって搔き消される。
誉れ高きギャンブラーたちが黒方無銘の台を確認する。
優越感に浸りながらもそれを顔に出す事無く立ち上がる。
投資金五万円にしてフリーズ、かなり重めな台である為にフリーズの恩恵はかなり期待できる。
今月の負け分は取り返せるだろう。
そう思いながら喫煙室へと向かい煙草を取り出そうとする。
だが、煙草はつい十分前に吸い、残されたのは紙箱だけである事を思い出す。
「買いに行くか…」
喫煙室から出たと同時。
黒方無銘の前に、複数の男達が立っていた。
「ん?…なんだよ」
閉ざしているが、黒方無銘は感じている。
この男が、黒方無銘に対して意識を向けている事を。
「黒方無銘、様ですね?」
名前を口にされた。
黒方無銘の名前を知る人間などあまりいない。
「誰だよ、あんた」
男性の一人が黒方無銘に告げる。
「本日より貴方様のお命を戴き参りました」
にこやかな表情を老人。
それを聞いた男、黒方無銘は冷蔵庫に常備している飲み物を取り出す。
無糖珈琲缶を開けて口にしながら、黒方無銘は聞く。
「爺の事か?」
「そうですとも、さあ、少し同行して貰いましょうか?」
「…一時間だけだ、食事休憩、その位しかとれねえからな」
場所を移動する。
パチンコ店の裏側へと移動する。
「ご紹介が遅れました、私の名前は
「そうかい」
老人の自己紹介を適当にあしらう黒方無銘。
人気の無い場所で黒方無銘は外で煙草を吸い出した時。
複数の男性たちの雰囲気が変わる。
「…なんだ、殺る気かよ?」
気配を察した黒方無銘は男たちを見回して言った。
「ええ、理由は聞かないで頂きたい」
そうか、と黒方無銘は煙草を吸い続ける。
紫煙を吐くと共に煙草を靴底で消した。
「それが俺の血の
相手を見据える。
瞳孔は赤く点ると共に、表層が裂けて赤い霧の様に血が分散される。
「(赤涙…ッ)」
血液操作による身体強化術。
別称『
それを発動したと言う事は。
思わず身構える老獪。
「だがな」
右手と左手の指を絡める。
その状態で黒方は言い放つ。
「だから、テメエらも覚悟しろよ、テメェらの、死の
肉体から放出される黒い霧。
それは、影法師が持つ異能『
「つまり死んでも文句言うなよ?
名前を呼ばれた老人。
この影法師の集団を指揮する男が叫び出す。
「掛かれ、者共ッ!数ならば、こちらが上だあ!!」
そう老獪が叫ぶ。
その言葉に反応し、複数の影法師たちが玄戯を使役。
「
夫々の影法師たちの肉体から溢れ出る玄戯が形成され武器と変わる。
「
黒方が呟く、それと同時に影法師たちの玄戯が肉体を攻撃する。
寸前。
「『
膨大な黒い霧が周囲を包み込んだ。
その霧は視線を遮り、目を奪う。
黒い霧に目を取られ、周囲を見回す。
何処も彼処も黒い霧に覆われた。
この状況では何も見えない。
「クソ!目晦ましの玄戯かッ!!」
面倒な真似をしてくれる。
このまま逃げられては不味い。
そう思った、だが。
「ぐあッ!」「がッ」「な、なんッ」
同胞の声。
苦痛を受けている声だ。
やがて黒い霧が晴れる。
そして、其処に現れるのは黒方。
だけではない。
「ッ、そ、それが貴様の、玄戯かッ!」
目に見える悪性。
黒方の周囲には、彼含めて十の味方が立つ。
玄戯『漆屍』。
黒方の
多種多様な体型をした黒子が、夫々影法師たちを倒していた。
「(古来伝統の玄戯…分身体系の玄戯かッ!)」
成程。
数少ない分身の術、七体を使役する事が出来る。
確かに、次期棟梁としては申し分ない。
だが、一反は認めない。
より棟梁に相応しい人物は存在する。
その者の為に、一反は命を捨ててでも、この男を殺すのだ。
「『
一反も玄戯を使役。
黒い霧が形状を変えると、その細い肉体を覆う黒色の布に変わる。
自らの作り出した布を自在に操る事が出来る玄戯。
一反が玄戯を使役した事で、黒方は早々に倒す為に黒子に命令する。
脳内で、心の内で、一反へ向かえと命令し、遵守される黒子。
「切り飛ばせッ!『
布が螺旋を描き、一振りの突き、槍と化す。
その状態で、黒方が用意した黒子の隙間を掻い潜ると共に。
布の先端が、黒方の胸を貫いた。
「
一夜限りの悲願の成就。
黒方暗殺と言う役割を今、此処で遂げたのだと。
一瞬の喜び、それが、一瞬の綻びとなる。
手応えはある。
だが、黒方の姿は途端に変貌する。
彼の体は、黒子へと変わり、一反の一撃は、黒子が受けた。
「ばッ!」
バカな、と言いたかった。
だが、それを言う前に。
近くに迫っていた黒子が腕を振り上げる。
その黒子の姿は変化していき。
先程まで後方に立っていた黒方へと成る。
赤い霧を両眼から噴出させる黒方へと。
「(み、身代わりッ、この玄戯は…ッ術者の命の代替だとでも、言うのかッ!?)」
それ以上の思考は訪れない。
それよりも早く。
黒方の拳が、一反の顔面を陥没させたからだ。
「ぎ、ぎぎぎッ!」
黒方無銘の周囲には、七体の影身が立つ。
一反の首を掴んだ影身が、そのまま一反の首を絞め殺そうとした時。
「…おい、一反、救われたな」
そう告げると共に赤涙が消える。
自発的に解除したらしいが黒方無銘の玄戯・漆屍は自意識とは裏腹に煙の様に掻き消えていく。
近くを通りかかった学生らしきカップルが、視線を此方に向けていた。
「がはッ。ひゅッ、っひゅーッ!!」
粗く呼吸をする一反。
影法師は闇の末裔である。
彼らの力は、人間の瞳には写らない。
いや、写す事が出来ないのだ。
それもその筈だ。
彼らの様な異能を持つ者たちが。
何故、表舞台に出る事が出来なかったのか。
その理由は単純である。
影法師が闇ならば。
人間は闇を祓う太陽であるからだ。
影法師が使役する玄戯は、人間の目に写ると消滅してしまう。
だから、彼らは表舞台に出てもその権威を十全に振るう事は出来ない。
それ故に、影法師は裏社会へ、闇の世界で無ければ動く事が出来なかった。
「命は取らないでやる、爺さん」
学生たちが此方へと近づいて来る。
黒方無銘は何も言わずその場を立ち去った。
「待て、待てッ!黒方ッ」
玄戯を使おうにも、学生の視線が絡まる。
力を使う事は出来ず、事実上、勝負は潰えた。
「おじいさん、大丈夫ですか?」
「警察?集団暴行でもあったんですか?」
事情を知らない学生たちはその様に喋りかける。
一反は、人間たちを恨みながらも、頬を引き攣らせて笑みを作る。
「あ、ああ、大丈夫だよ、ごめんねぇ、心配掛けて」
この場で、人間を始末する方法など他にもある。
だが、影法師は任務に忠実。
対象以外の人間を殺す様な真似はしない。
それは、黒方無銘も理解していた事だ。
だから、黒方無銘は、この場から離れたのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます