1

ここで少し───

彼女の境遇について、話をせねばなるまい。

何せとても特殊な少女なのである。しばしお聞きなさい。




彼女には、欠如しているものがある。

それは記憶。

生まれてから可成り長い間の、記憶である。




気付けば、彼女は旅をしていた。

しかし記憶を失くしている。それ以前の自分については、

全くもって分からぬ状態であった。


彼女は無論困った。

しかし、必死に過去のことを思い出そうと頑張ったところ、

覚えていたことが、二つ。


一、一篇の詩。私が物語を語り始める前に読み上げた、あの詩。


二、自分は"魔女"に会わなければならぬ、ということ。


これだけ。

あとは自分の名前も、親も、何にもわからない。

これに気付いた時彼女は更に困惑したし、随分迷いもしたようである。


まあ、結局のところだけを言ってしまおう。

彼女は、このふたつの記憶に縋り、"魔女"を探す道を選んだ。

何とも頼りない二つの記憶に縋り、

実在するかも分からぬものを探し始めたのである。


彼女は、可成り強い確信をもってこの道を選んだらしい。

その真意は、彼女だけが知る。




しかし、彼女の選択は一応、報われたようである。

とにもかくにも、遂に辿り着いたのだ。

魔女の森は実在したのである。




しばらく立ち止まっていた彼女であったが、どうやら覚悟を決めたようだ。


「…魔女、きっと会えるよね」


そう呟くが早いか、森の中へと入ってゆく。




彼女は導かれるのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る