第22話:リアルタイム執筆を開始しました⑭

 重たい足取りで、僕は星座橋㮈月の元へと戻ってきた。

 そんな僕に対して、彼女は仕事終わりの夫を労るように。


「おかえりなさい。死にそうな顔をして」

「あぁ、死にたいよ。今すぐにでもね」

「何かあったの? というか、標的は殺せたの?」


 核心を突く質問が飛んできた。

 死んだ魚のような瞳を向けると、彼女は口元を緩めた。

 僕が返事を出さずとも、彼女は真実を知っていそうだ。

 それにも関わらず、いてくるなんて……。


「——無理だったよ。僕は殺せなかった」


 千石柱一家殺人事件。

 その殺人鬼になるはずだった。

 それなのに——。


「あの男の瞳には、僕の姿が全く映ってなかったんだ」


 忌々しいと思っていた父親の側を通った。

 利発そうな顔立ちに、筋肉質な身体付き。

 出で立ちから自信に満ち溢れ、如何にもモテそうな男性だ。

 僕の母親や麻衣の母親が恋に落ちるのも納得できるほどに。


「僕の瞳には、アイツの姿が見えていた。でも、アイツの瞳には僕のことなんて見えていなかったんだ。その辺に落ちている石ころみたいにさ」


 もしかしたら。

 あの男が、少しでも僕を思ってくれている。

 そう願っていたのかもしれない。

 少しでもあの男が見捨てた僕のことを心に病み、今でも思い返す日々を過ごしている。そんな都合の良い話を思い描いたのかもしれない。


「もういいの? 殺さなくても」

「いいよ、別に」


 ぶっきらぼうに答え。


「僕だけ想い続ける復讐心なんて虚しいだけだから」


 少しでもアイツに罪の認識があるのならば。

 僕はアイツから大切なものを奪っていたかもしれない。

 だけど、罪の意識がない人間を裁いても、何の面白味もない。


「何だが、片想いみたいだね。自分だけを想い続けるなんて」

「片想いか。アイツのことを憎みながらも、心のどこかで僕は父親のことを信じていたのかもしれないよ。まだ、僕のことを愛しているってね」


 もしかしたら、もう一度家族三人で暮らせる日が来るんじゃないかと。

 そうしたら、壊れた母親も元通りになって、幸せな生活を送れるんじゃないかと。それだったら、どれだけよかっただろうか。心の底からそう思う。


「代わりに私が愛してあげるよ、灰瓦礫くんのことを」


 星座橋㮈月が抱きついてきた。

 熱い抱擁を受け、僕は力なく立ち尽くしてしまう。

 目蓋が急激に熱くなり、頬へと水滴が落ちてくる。

 可愛い女の子の前では、カッコつけたい年頃なのに。


「私だけは愛してあげる、ちっぽけな存在であるキミを」


 僕は涙を流し、逆によしよしと頭を撫でてもらう始末だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る