第21話:リアルタイム執筆を開始しました⑬

「で、検討はあるの? 犠牲者の行き先は」

「あぁ。駐車場に向かっていると思う」


 飛行機を降りる前、千石柱家は父親が迎えに来ると言っていた。僕と母親を捨てた男は、善人振ってているようだ。無性に腹が立つ話である。悪人のくせに。


「ご都合主義にもほどがある展開だね。相手の居場所が分かるなんて」

「二度あることは三度あると言うだろ? それさえも否定するの?」

「いやそ〜いう意味で言ったんじゃないよ」


 星座橋㮈月は全てを見透かすような瞳で。


「まるで、キミを罠に嵌めるために仕組まれた舞台だと思ってね」

「罠とは、言い得て妙だね。僕にとっては、あの家族が標的だったけど、実は僕のほうが獲物になっていたなんて……それは何かの教訓話かな?」

「あくまでも、私はそう思っただけに過ぎないよ」


 星座橋捺月はゆっくりと指先を上げる。


「駐車場はあっちだよ」


 その白い指先が示す方へと、僕は歩みを進めることにした。

 だが、僕の隣に立つべき存在は一歩も動かずに。


「私はここで待っておくよ。それじゃあ」


 人殺しに加担させるわけにはいかない。

 人を殺す瞬間に、立会人が居るのは困るからね。

 僕はそう判断し、小さく頷く。

 それから駐車場へと繋がる通路を走るのであった。


 千石柱親子は、意図も簡単に見つかった。拍子抜けしてしまうほどに、仲睦まじく歩いていた。母親の手を握りしめる腹違いの妹は、父親に会えるのが嬉しいのか、笑みを絶やすことはない。でも、その笑みはもう二度と見れなくなるだろうね。だって、君たちは今からここで死んでしまうのだからさ。


 正直な話をしてしまえば、僕は二人に罪はないと思う。いや、母親の方にはあるのかな。だって、僕の母親と父親の間を引き裂いたのは、紛れもなく彼女なのだから。彼女が僕の母親と父親の間を引き裂く真似をしなければ、僕は遥かに幸せな生活を送れたかもしれない。まぁ、そんな細かい話はどうでもいいさ。


 僕の目的はただ一つ。

 あの男が不幸のどん底に落ちること。

 これさえ叶うのならば、あの二人を殺しても構わないさ。

 脳細胞が短絡思考でできている僕は、徐々に彼女たちへ近づいていく。


「ねぇ、パパはどこにいるの?」

「駐車場を出て、こっちに向かってると言ってたけどね」

「へぇ〜。早くパパに会いたい。何だか、眠たくなってきちゃった」


 彼女たちと僕とでは、数十メートルも離れていた。

 でも、早歩きで迫るにつれ、その距離が縮んでいく。

 で、遂にその距離が2メートルの位置になる。


(殺せ……殺してしまえ。殺して、復讐してしまえ)


 だだっ広い空港内。

 邪魔ならば、避けて通れるのに。

 それでも、僕は幸せそうな親子の背後を陣取っていた。


(あの男に復讐しろ。このチャンスを逃してはいけない)


 心の中でもう一人の自分が「殺せ」と圧を掛けてくる。

 でも、そう簡単に人を殺せるはずがない。

 現在の僕は、刃物や銃器などの武器を持っていないのだから。

 と言えども、それで殺人衝動が治るはずがないさ。

 刃物や銃器など如何にもな装備品を持ち合わせていなくても、僕の肉体自体が凶器になるのだから。高校生にもなれば、成人男性と遜色ない身体を持つ。


 故に、人の首を絞め、窒息死させるぐらいは、今の僕にもできてしまう。


「あぁ〜早く明日にならないかなぁ〜。早く観光に行きたいなぁ〜。札幌ラーメンを食べて、海鮮丼も食べて、それに……」

「食べ物のことばっかりじゃない。麻衣は食いしん坊ねぇ〜」

「えへへへ。だって、気になるんだもん。あ、あと、ロイズのチョコレート工場にも行かなくちゃ。そこでいっぱいお菓子を買ってもらわないと……」

「誰に似たんだろうね。頭の中が食べ物のことばっかりで」

「ママに似たんだろうね。甘いものは別腹とか言って、バクバク食べちゃうし」

「ま、麻衣ったら……本当口の達者さはパパ似ね」


 誰もが思い描く幸せそうな親子像。

 僕がテレビのプロデューサーならば、CM出演を乞い願うかもしれない。

 でも、実はそれは嘘で、今から彼女たちは本格スプラッター作品の演者になるのだけど。

 先に殺すとすれば、母親からだな。

 その後に、娘を殺そう。母親を殺してしまえば、娘は身動きを取ることもできず、そのまま立ち尽くしてしまうだろう。悲鳴を上げることもできず、失禁でもしてしまうのではなかろうか。あぁ、最高の結末じゃないか。


「本当に人間は不思議な生き物だよ」


 僕はそう呟き、アイツの現妻を目掛けて手を伸ばす。

 狙うのは、白くて細い首筋だ。背後から肘と二の腕で首を挟んで、窒息死させるだけ。学歴不問未経験でもできる簡単なお仕事である。


 あぁ、本当に。

 人間ってのは不器用な生き物である。

 誰かを幸せにするのには不十分だけれど。

 誰かを不幸にするのには十分なのだから。


(さぁ、殺せ。殺してしまえ。奴への復讐を終わらせろ)


 僕の母親は、この女のせいで不幸になったのだ。

 この女さえ居なければ、幸せに暮らしていたのではないだろうか。

 この女さえ……違う。悪いのは、僕の父親だ。

 父親が僕の母親を捨て、他の女と一緒に逃げたから——。


「ママ!! 麻衣〜!!」


 数十メートル先にスーツ姿の大柄な男が立っていた。

 手を大きく振って、笑みを浮かべていた。

 あぁ、そうだ。僕の父親だ。


「パパだぁ〜!!」


 久々に父親に会えるのが嬉しいのか、半分しか血の繋がりがない妹は走っていく。それに釣られるように、隣に居た彼女の母親も小走りになっていく。

 僕を残して立ち去っていき、二人は父親と熱い抱擁を交わしていた。まるで、戦争から帰還した兵士とその家族みたいな和やかなムードである。


 獲物を捕らえていたはずの手は、空を掴んでいた。

 何もできなかった僕は、道を間違えた振りをして、引き返そうとも思った。

 でも、ここで踵を返すのは不審かもしれない。

 そう思い、僕と母親を捨て、新たな幸せを手に入れた父親の元へと歩みを進めるのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る