第20話:リアルタイム執筆を開始しました⑫

 新千歳空港に辿り着いた。

 飛行場は、除雪作業が絶え間なく続いていた。

 トイレ休憩を挟んだ僕たちは椅子に並んで座る。

 自販機で購入したコーラを飲み、捺月は言う。


「飛行機の旅はどうだった?」

「最悪だったよ」

「揺れたもんね。雪で視界が悪かったんだろうね」

「……あぁ、視界が悪かったんだと思うよ」


 機内では寝て過ごす予定だった。

 だが、眠れるはずがない。

 僕の隣には、あの男が愛する妻と娘がいるのだ。

 ドクドクと脈が速く動き、人間臭い嫌な感情が浮かんでいた。


——コイツらがいなくなれば、あの男は苦しむのだろうか?

——コイツらが消えれば、あの男はどんな表情を浮かべるのか?

——コイツらが死んだら、あの男は僕たちの元へ帰ってきてくれるのか?


 自分の心にこれほどの怒りが生まれたことはなかった。

 怒りと呼ぶのにふさわしいのかはわからないが。

 でも、あの男に対する復讐心が芽生えたのは事実だ。

 僕と母親を捨てたあの忌々しい男は、僕たち以上に不幸な人生を歩んでいる。もしくは、既に命を落とし、最悪な人生を送っている。

 そう信じていただけに。そう願っていただけに。


 僕は悔しかったんだろう。

 あの男が幸せな生活を手に入れていることに。

 自分だけ抜け駆けし、楽しい生活を送っていることに。


「……捺月。君と時同ときおなじくして死ぬ男が犯罪者は嫌か?」

「犯罪の程度に依るかな。万引きや痴漢はダサいからやめてね」

「立派な犯罪だよ、僕が今から行おうと思っているのはね」

「立派な犯罪というのがそもそもおかしな話だと思うけどね」


 で、と呟きながら、星座橋捺月は僕の腕を掴んできた。

 その後、僕の瞳を真正面に見据えて。


「キミはどんな犯罪を起こすの?」

「一家殺人事件だよ。母親と娘を最初に殺し、その後は父親を殺すね」

「なるほど。人殺しか。でも、殺す手段があるのは?」

「僕が殺す相手は、僕の父親なんだ。母親とは離婚してしまったけどね。そんな男が少しでも苦しむ姿が見たいんだ。幸せな生活を手に入れたアイツがどんな顔をして死ぬのか。それが気になって仕方ないんだよ」

「人殺しで、ひとでなしか。キミは本当に人間じゃないな」


 星座橋捺月はふふっと微笑んでから。


「これじゃあ、立派な犯罪者だよ。キミは」

「死ぬ前の置き土産だよ、愛する母親のために」

「殺人衝動を誰かのために言い訳するのはよろしくないね」


 それにしても。

 彼女はそう呟いてから。


「どうして殺人鬼になろうと思ったの?」

「僕の隣に座っていた客が、アイツの妻と娘だったんだよ。確証もある」

「事実は小説よりも奇なりだね。こんなミラクルが起きるなんて」

「生涯の運はプラスマイナスゼロになっているのかもしれない」

「つまり?」

「僕が死ぬ前に、神様が一生分の運を調整してるんだよ。今まで不遇な生活を送ってきた僕を救おうと思ってさ。これは神の啓示に違いないね」

「こうやって殺人鬼が生まれるのかと、良い勉強になったよ」


 さっきから煽られている気がしてしまう。

 からかい上手な彼女に話したのが間違いだったのか。

 ともあれ。


「捺月はどう思う? 僕が今から殺人鬼になるかどうかをさ」

「灰瓦礫くんってさ、卑怯だね」

「えっ?」

「私が賛成したら、キミは殺すんでしょ? で、私が反対したら、殺さない。それってさ、私に殺すか生かすか決めろって言ってるようなものでしょ」

「そ、それは……」

「自分の意思を持ちなよ。自分の人生ぐらい自分で決めなよ」


 確かに。

 僕は卑怯な男だ。

 誰かに選択を促すことで、救われたいと思っている。

 他人任せな性格というのは、責任から逃れたいだけなのかもしれない。

 それは——。


 あの男と一緒じゃないか。僕と母親を見捨てた男と。

 我ながら不快な気持ちになる。

 あの男の影響を受けない。あの男のようにはならない。

 大切な人の意見を尊重する男になろうと思っていたのに。

 それなのに、僕も全く同じことをしていたのだから。

 やはり、僕もあの男の息子なのだ。半分アイツの血が混ざっているのだ。


「僕は殺すよ、あの幸せな家族を」

「力は貸さない。ただ見守っててあげる」

「あぁ。それでいいよ。これは僕の問題だからさ」


———————————————————

小説家から


 今日は寝ます。

 明日また投稿できたら嬉しいですね( ̄▽ ̄)

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