第18話:リアルタイム執筆を開始しました⑩

 僕たちは羽田空港へと向かうことになった。

 JRから東京モノレールに乗り換えた僕たち。

 全国各地を回る仕事を熟す星座橋捺月は慣れており、僕に的確な指示を出してくるのだ。田舎にはモノレールさえないんだもん。興奮してしまうのだ。

 まるで、科学が発達したサイバーパンク的な世界観だなと思ってさ。


「アイドルが地元で死ぬってさ、何か伝説っぽくない?」


 僕たち以外の乗客も座っている。

 その状況でも、彼女が星座橋捺月とはバレていない。

 それを良しと判断したのか、彼女は耳元で囁いてくるのだ。


「ここでどこか分からない場所で死ぬよりかは遥かにマシだと思う」

「僕には分からない感覚だな」

「もしかしたら、私たちが死ぬことで聖地になるかもね」

「僕には誹謗中傷が殺到しそうだ」

「それでもいいじゃない。アイドルと死ねるならさ」

「まぁ、本望だけどさ」


 溜め息混じりに答え、僕は車窓を眺める。

 日本で最も栄える街——東京が星空のように輝いていた。

 立ち並んだ大きなビルから強い光が漏れ出ているのだ。

 その光の下で、人々は平和な日常を送っているのだろう。

 そう思うと、僕は心底羨ましく感じてしまう。


「死んだらどうなるんだろうね? 天国か地獄でもあるのかな」


 僕は疑問を呈してみた。

 単純な疑問だ。人間誰しもが考えたことがある悩みだろう。

 夜寝る前に『死』について考え、何度も泣きじゃくった記憶がある。

 そのはずなのに——いつからだろうか、怖くないと思い始めたのは。


「なら、私たち二人は地獄行きかもね」


 星座橋捺月は苦笑いしながら答える。

 地獄行き決定だとはまだ決まっていないはず。

 それなのに、彼女の口調は強かった。


「どうして? そう思うの?」

「親より先に死ぬのは一番の親不孝だから」

「そうかな? もしもその理論が通用するなら、病気を患う子供たちは全員親不孝だよ」

「うん。彼等は全員親不孝者だ。家庭の苦しい経済状況から医療費を奪い、大人になることもなく、命を堕としてゆく我儘な存在だ」

「……それは残酷すぎるよ、言い方が」


 だからこそ、と星座橋㮈月は強く言って。


「だからこそ、彼等は生きなきゃいけない」


 一旦言葉を溜めてから、彼女はもう一度口を開いた。


「無駄死になんて決して許されないんだよ」


 隣に座る彼女は拳を握り締めていた。

 ギリギリと固く締めているのがわかる。

 自殺志願者なのに、彼女は他人に強要する真似はしないようだ。


 それにしても……。


「僕の思いつきでこうなるとは思ってもなかったな」

「ちょっとした思いつきが大きな変化を持つんだよ」


 星座橋㮈月は続けて。


「それが人生。それが運命だよ」

「ちっぽけな僕が放った言葉一つでね」

「キミはさ、少なからず私に影響を与えているんだよ」


 星座橋捺月は喜色の混じった声で。


「超人気アイドルの星座橋捺月が死ぬ場所を決めたんだから」


 僕たちは今から北海道に向かう。

 北の大地とも言うべき場所に。

 観光に行くつもりはない。

 彼女の育った土地を肌で感じ、その後、僕たちは死に至るのだ。


「私とキミの関係はどうなるだろうね」

「さぁ。分からないよ」

「運命に左右された彼氏彼女とか言われたりするのかな」

「僕と君が恋人同士だとは思わないでしょ」

「いいや。週刊誌は面白おかしく書くだろうね、私たちのことを」


 週刊誌に追っかけ回されたこともなければ、週刊誌を購入したこともない。更には、立ち読み程度もしたことがない僕にはあんまりわからないけど……。


「……目立つのは嫌だな」

「残念ながら絶対に目立つよ、キミは」

「それは困る」

「困っても、私は絶対に逃さないよ。キミをね」

「僕だって逃げないよ。逃げ出す気力もないさ」

「それならよろしい」


 星座橋㮈月は笑みを浮かべた。

 でも、顎に手を当てた彼女は、神妙そうな声で。


「キミは星座橋捺月を死に追いやった最低な男だと言われるかもね」

「自殺者オフ会を誘ってきたのは、僕じゃないんだけど!!」

「男女関係は、毎回男が悪いという結末で終わるものなんだよ」

「……なんて最悪な終わり方なんだ!!」

「もしもキミが死に追いやった犯人じゃないとすれば」


 星座橋捺月が見据えてくる。

 僕は彼女の続く言葉を待った。


「淫乱アイドルが男子高校生に手を出したと言われるのかもね」


 そう思われても仕方ないかもしれない。


「他のメンバーが武道館を成功させる中、星座橋㮈月は若い男と密会だなんて……最高のネタだろうね、週刊誌にとってはさ」

「理想のアイドル——星座橋㮈月像が崩れるけどいいの?」

「仕方がないよ。警察はこの事件の解明を急ぐと思うし、週刊誌だって絶対に放って置かない。ラブホテルに入る瞬間は、監視カメラで撮られているからね」

「死んだあとの、僕の不遇さが……怖いよ」

「安心していいよ。キミに迷惑をかけるのは最初だけだから」

「最初だけ……?」

「うん。私の計画通りにことが進めば、必ず他の話題が主流になるからね」


 含みがある言い方だ。

 自分が死んだあとの世界なんてどうでもいい。

 僕はそういうタイプの人間だが、どうしても気になってしまう。


「捺月、それってどういう意——」


 僕が喋りだすと同時に、星座橋㮈月が「あっ!」と指をさす。

 その方向には——。


「あれがレインボーブリッジだよ」

「封鎖できませんのアレ?」

「ネタが古いけど、そうだよ。アレだよ、アレ」


 レインボーブリッジ。

 僕でも名前は聞いたことがある有名な橋だ。

 それを肉眼で見たのだから、もう少し感動するべきなのかもしれない。

 だが、僕には「大きな橋がある」程度にしか感じられなかった。


「……何か感動が薄くない? レインボーブリッジだよ。嬉しくないの?」

「うん。特には」

「感受性が少ない人なんだね、可哀想に」

「星座橋捺月の隣に居るだけで、心臓の鼓動が止まらないからね」


 橋は橋でも、僕は星座橋捺月だけで十分だ。

 彼女さえいれば、それだけで——。


————————————————————————ー

作家から


 今日はもう寝る。

 頭の中でもう一度作品を整理します。

 多分、明日中(多分)には完結するのでお楽しみに( ̄▽ ̄)

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