第16話:リアルタイム執筆が始まりました⑧

「死ぬ方法を考えようか」


 テーブルに肘を付き、星座橋捺月は言った。

 彼女はお腹いっぱいになったらしく、僕に余った肉を譲ってくれた。

 高級肉とは縁がない人生を歩んできた僕は、残すのはもったいないと思い、次から次へと余った肉を食すことにした。

 何だか、ペットがご主人様から餌を与えらられている風にも見えなくはない。


「死ぬ方法なんてどうでもいいと思うんだけど?」

「だから、そ〜いうのがダメなんだって」

「と言いながらも、捺月はアイデアを出さないじゃん」

「最高のエンディングが出てこないんだもん」


 最高のエンディングか。


「終わりよければ全て良しと言うじゃん。それって、自分の人生でも当てはまるのかな?」

「結局、アレってさ、最後の結果がプラス側だからいいだけでしょ?」

「つまるところ?」

「死ぬということは、一般的にはマイナス側だから当てはまらないってこと」

「死ぬことはイイことだと、さっきまで言ってたような気がするんだけど」


 減らず口を叩く僕。

 そんな僕の頬を引っ張り、星座橋捺月は言う。


「お姉さんは嫌いだな。そ〜いう細かいことを気にするタイプは」

「ごべんなさい」


 引っ張られた状態なので、変な謝罪になってしまった。

 頑固な先生ならば謝ったところで許してくれないかもしれない。

 ただ、物分かりのいい彼女は「うん。許してあげる」と微笑んでくれた。


「飛び降り自殺とかはどうかな?」


 僕は提案した。

 死ぬのには、最も手っ取り早い方法だろう。

 多くの自殺者が、このような手で死んでいるのではないだろうか。


「飛び降り自殺は却下で。素直に痛そうだし、地面に叩き付けられたあとに誰かに見られるかもしれない」

「死ぬのに痛いのは嫌なんだ」

「それはそうだよ。死ぬときは安らかに死にたいからね」

「ワガママだね」

「ワガママだから自殺するんだよ。この人生に絶望しちゃって」


 自分から提案してきたが、僕も飛び降り自殺は嫌だな。

 地面に叩きつけられた衝撃が耐えられそうにない。

 まぁ、耐えられないからこそ、楽に死ねると思うけれど。

 そもそもな話なんだけどさ、と僕は呟いてから。


「痛くない死に方とかあるの?」

「あるかないかじゃないの。探すしかないんだよ」

「捺月はさ、本当に死にたいの?」

「死にたいよ。物凄く」


 彼女は強い口調で。


「どんな犠牲を払ってでも死にたいと思ってるよ」

「そこまで思うのか。僕には分からない境地だな」


 ただ星座橋捺月の意見は参考になるな。

 僕自身も痛みが伴う死に方は選びたくない。


「痛くない死に方があるなら、僕は賛成なんだけどな」

「スイスにはあるらしいよ。安楽死制度が」

「安楽死制度か。日本では採用されそうにないね」


 焼き終えたせせり肉をトングで掴み、小皿に入れる。味変のために、僕はこのお店特製の醤油だれを取り、容赦無くぶっかける。塩ネギの味付けも悪くないが、異なる方法でも食べたいのだ。

 肉を口の中に放り入れて、確信する。美味いと。美味すぎると。

 ただ、九州地方出身の僕にとって、醤油は辛く感じてしまう。


「日本という国は、弱者に優しいからね」


 弱者に優しい国か。

 全員平等を主張する国は、必ず何処かで破綻する。

 政府の売り文句には、ちょうどいいかもしれないが。


「弱者に優しいんじゃないよ。厳しい国なんだよ」


 僕は続けて。


「死ぬことを許されない国なんだよ」


 死ぬことを許されない日本。

 高度な医療の発達で、寿命は世界トップだ。

 ただ、実際には——。


 機械のおかげで延命できているだけで。

 その力を借りなければ、死ぬ人間が溢れているだけだ。

 果たして、それは本当に生きていると呼んでもいいのだろうか。


「人間はいつ死ぬと思う?」


 星座橋捺月は問う。

 僕のために肉を焼きながらも、横髪を耳にかける。

 彼女の耳に刺さる銀色のピアスが揺れ動いた。


「心臓が止まったらじゃないの?」

「なら、心臓が止まらない限り、人間は死なないと?」


 逆にそれ以外の回答が、僕には思いつかないのだが?

 心臓が止まったとき、それが人間の死を意味するだろう。


「なら、脳が死んだ状態なら、どうする?」

「えっと……そ、それは……」


 脳死か。

 それは考えたことがなかった。

 心臓が動いてても、脳が死んでいればそれは死を意味するよな。


「なら、質問を変えるね」


 星座橋捺月はそう言い、新たな難問をぶつけてきた。


「今から私が縦方向に真っ二つに分かれます。その場合、私という存在はどっちが本物になるでしょうか?」

「ちょっと言っている意味が分からないよ。怪奇スプラッターすぎて」

「野菜を真っ二つに切ることがあるでしょ。あれと同じで、私を真っ二つにしたら……私という存在はどっちが本物になるのかって話だよ」

「どっちが本物も何も、どっちも本物じゃないか」


 僕の意見は正しい。

 人間を真っ二つに切ったところで、それが人間であることに変わりはない。


「では、質問を変えます」


 星座橋㮈月は笑みを漏らして、テーブルに落ちた髪の毛を取った。

 さらさらの長い黒髪。彼女の頭から抜けたものに違いない。

 それを、こちら側に向けながら、彼女は嬉しそうに話す。


「この長い髪の毛と、この生身の肉体。どっちが星座橋捺月だと思う?」


 そんなの決まっていた。

 一般常識な範囲内で話せば——そんな問題はだれにでも解ける。


「生身の肉体が星座橋㮈月だよ」

「じゃあ、この肉体が真っ二つに切れちゃったら……?」


 僕は答えを出せなかった。

 答えを出せない僕を見て、星座橋捺月は微笑んでいる。

 哲学的な話を持ち込み、普段から私はそんな難しい話を考えているんだぞとでも見せつけたいのだろうか。生憎だが、僕はそんなオカルトじみた話を考えたこともないし、考える脳もない。だから、別にどうでもいいことなんだけど——。


「で、捺月はどう思うのさ。人間はいつ死ぬのかについて」


 脱線した話を戻そうと、僕はそう言った。

 すると、彼女は「そんなの決まってるよ」と話を切り出した。


「夢が潰えたときだよ。夢が消えた時点で人間は死ぬ」

「そうなの?」

「うん。そうだよ。夢が生きる意味だよ。夢が潰えた瞬間に、人間は生きても死んでも何の意味も持たない存在になる。夢がない人間は屍と同じだよ」


 暴論だ。

 SNSで発言すれば、たちまち炎上する案件だろう。

 しかし、星座橋㮈月が主張する内容も理解できてしまう。


「逆に言えば、夢がないと人間は生きてちゃダメなの?」


 嫌味な質問だなと、僕自身でも思う。

 ただ、夢がない僕にはその答えが知りたかった。

 何の夢もなく、ただ命があるから生きているだけの分際は。


「死にたければ死んでもいいんじゃないかな。そんな人間は」


 生きてはダメだとは、星座橋捺月は言わなかった。

 死にたければ死ねばいいし、生きたければ生きればいい。

 そんな曖昧な返答だった。ただ、彼女は言う。


「夢がないなら死んでもいいと思うけどね。夢が潰えたら、生きる意味なんて何もないでしょ。生き続けても何の希望も救いもないんだからさ」


 彼女の生き様はカッコいい。

 性格がサバサバしており、考え方や行動に一貫性がある。

 だからこそ、僕は彼女——星座橋捺月に憧れたのだろうか。

 自分の意思をはっきりと持つ彼女に。


「あのさ……今更こんな話をしても叶わないかもしれないんだけどさ」


 死ぬ前にやりたい夢ができた。

 今日死ぬと決めていたのに。

 それなのに、今更できても遅いと分かり切っているのに。

 それでも、知りたいという欲望には逆らうことはできない。


「僕は君が生まれ育った土地に行きたい。それが僕の夢だよ」


 長い沈黙があった。

 雰囲気もクソも何もない。

 高級焼肉店の完全個室。

 焼けた肉がモクモクと煙を出す中、僕は自分の気持ちを吐き出していた。


「……マジで言っているの?」


 星座橋㮈月は呆然とした瞳を向けてくる。

 怒っているようには見えない。

 だが、笑っているようにも見えない。

 戸惑っているのだ。

 彼女は彼女なりに、最高の死に方を決めていたのかもしれない。

 それでも——。


「うん。本気で言ってるよ」


 僕は最後の夢を叶えたかった。

 どうしても死ぬ前に、彼女が生まれ育った地へと足を運んでみたかった。


——————————————————————

作家から


 本日もまた頑張ります( ̄▽ ̄)

 今日明日中には、最後まで書き上げる予定です。

 というわけで、また今日も頑張っていきましょう!!


 本日は、残り1〜2話投稿できたらなと思ってます!!

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