第14話:リアルタイム執筆が始まりました⑥

 注文した肉が一枚また一枚と消えていく。

 彼女が頼んでいた牛タンやカルビを分けてもらいながら、最後の晩餐は着々と進む。

 お腹が空いたとは思ってはなかったが、食べ始めると小腹が空く。僕と彼女は立て続けに注文を続け、柔らかな肉を平らげた。


「正直な話ね、私は死んだもの勝ちだと思うんだよね」


 そんな折、星座橋捺月はそう溢した。

 随分と二人で食べ続けているのだが、一向に食欲が治ることはない。最後の晩餐だと理解しているからこそ、少しでも食べておこうと思ってしまうのだろうか。


「どういう意味? それは」


 僕はそう問い、塩ねぎ味のせせり肉を食べる。肉汁が口の中で広がっていく。美味い。美味すぎる。だが、スーパーで買う普段の肉と味の差が全く分からない。僕の舌がバカなのかもしれない。でも安い値段で幸せを噛み締めることができるのだ。それだけ、僕は幸せ者だということだろうな。


「アイドルなんて死んだもの勝ちだから」


 星座橋捺月は超人気アイドルだ。

 超人気アイドルと聞けば、食生活が一般庶民とは違うと考えてしまうかもしれない。

 だが、焼肉には白米が欠かせないタイプのようだ。それにしても……。


「死んだもの勝ちという意味がさっぱり」

「死ねば、伝説になるんだよ」


 星座橋捺月は骨付きカルビを焼き始める。

 霜降りが乗った肉が溶けていく。


「全盛期の真っ只中で死んだアイドルは伝説になるんだよ。それって最高じゃない?」


 一枚ずつ焼く派の彼女。

 僕はそう思っていたが、星座橋捺月はもう一枚の骨付きカルビを焼き始める。

 先程の肉は、今が食べ頃だと言わんとばかりに、肉汁を出し、「食べて食べて」と訴えてきている。

 それでも、彼女は食べようとしない。


「アイドルなんてものは消耗品でしかないんだよ」


 食べ頃だった肉は焦げていく。

 それでも、星座橋捺月は箸を向けるはずもない。

 ただ、ジィッと見続けている。


「鮮度がなくなれば、それだけで価値がないんだよ」


 そう呟き、星座橋捺月は二枚の肉を取り出した。

 一枚は、今が食べ頃だと思える肉。

 もう一枚は、食べ頃とは到底思えない焦げた肉だ。


「焦げた肉と食べ頃の肉、どっちを食べたい??」


 そう訊ねられ、僕は正直に答えた。


「食べ頃の肉だよ」

「そうだよね。世の中はそういうふうに回ってる」


 星座橋捺月は食べ頃の肉を掴み、僕の方へと向けてくる。

 食べていいよという意味だろう。そう思い、僕はかぶりついた。

 牛肉と鶏肉では味に開きがある。鶏肉はさっぱりとした味付けで、歯応えがある。でも、牛肉は肉の旨味を凝縮し、口内を幸せにする美味さがあるのだ。


「全盛期真っ只中で死ねば、今後も私の名声は囁かれ続ける。伝説になれる」


 だから、いいんだよね。

 星座橋捺月はなんてこともないようにそう呟いた。

 死後も自分の名誉や栄光を称えるために、彼女は死のうとしているのか。

 ただ、それで。

 そんな理由で、彼女は死んでもいいのだろうか。


「正直さ、灰瓦礫くんは私がどうして死ぬんだと思ってるでしょ?」


 焦げた肉を口の中に入れた星座橋㮈月。

 苦味があるのか、辛そうな表情を浮かべる。

 だが、無事に呑み込めたらしく、彼女は水を飲んだ。


「……本音をいえばそうかもしれないね。キミは可愛いからさ」

「可愛いから? だから何?」

「これから先、生きていれば、それだけで価値があるんじゃないかなって」


 星座橋捺月は鋭い目つきを向けてくる。

 僕の言い方に何か問題があったのだろう。

 空かさず、他の言い換え表現を見つけ、僕は言った。


「生きてるだけで幸せをもっともっと享受できるんじゃないかなって」

「汚いおじさんと肉体関係を持ち続けろってこと?」

「……違うよ。そういうことを言っているんじゃない」

「じゃあ、何を言ってるの?」

「素敵な男性に会えるかもしれないよってさ」


 星座橋㮈月は可愛い。

 推しのアイドルを崇拝するオタクである僕が言うから、信憑性はないかもしれないけれど。それでも、彼女は可愛い。可愛すぎるといってもいいさ。

 芸能界の荒波に揉まれて、最悪な人生を歩んできたかもしれない。

 その点に関しては、僕は憶測で語ることしかできないけれど。

 現在の彼女は、幸せの絶頂にいるのだ。幸せな生活を手に入れることができたのだ。今までの苦労が報われたと表現してもいいかもしれない。


 ともあれ。

 今後の彼女は。

 星座橋捺月という超人気アイドルは、幸せを掴むことができるはずだ。

 人並みの幸せが確定したと言っても、いいのではないだろうか。


「それでいつの日か、幸せな家庭を築いて、楽しく毎日を暮らすんだよ」


 自分がもう嫌だ。アイドルなんて辞めてやる。

 そう思えるほど、アイドルとして活躍し。

 その後は、良い男性と巡り巡って結婚すればいい。

 可愛い彼女のことだ。ハイスペックな男たちが集まり、彼女の心を奪おうと猛アプローチを繰り広げることだろう。その中で、彼女が一番いいなと思える男性と結婚すればいい。それだけで、彼女は十中八九幸せになれるだろう。


「呆れた回答だね。そんな幻想を言うなんて」


 冷めたような口調で彼女は言う。

 気に食わないことを言ってしまったらしい。

 僕としては、少なからず彼女の幸せを願っていったのに。


「キミの家は悲惨だったんでしょ? それなのに希望を持ちすぎでしょ」

「人生には希望がないと生きていけないと思うんだけど」

「確かに、希望がない限り、人間は生きる意味を見出せないよね」

「そうさ。希望があるからこそ、救いがあるからこそ、人間は生き続けられる」


 人が生きる意味は、救いがあるからだ。

 救いがあるからこそ、人は生きることができる。

 人生に絶望しかないとしたら、人は生きることをやめてしまうだろう。


「女の幸せって何かな?」


 星座橋捺月が訊ねてくる。

 彼女の表情に、笑みはなかった。

 冗談半分で聞いているわけではなく、本気の疑問を向けてきているのだ。

 人生相談の経験が疎い僕には「女の幸せ」なんて大義めいた質問の答えを知るはずがない。だから、ただ黙り込むしかなかった。本当に情けない男だよ。


「男性にとっては、可愛い女の子に種付けするだけだからいいよね」


 言い方が悪どい。一般的な意見かもしれない。

 だが、あまりにも男性を卑下してくるよな。


「可愛い女の子に種付けして、自分は好きなことやればいいから」

「男性代表として言うけれど、全ての男性がヤルだけヤッテ逃げ出すような輩じゃないと思うよ。現に、もしも君が妊娠したら、僕は絶対に責任を取るから」

「という男性を、私は何度も見てきたよ。結局、中絶を二回したし」

「……うっ。そ、それはごめん」

「キミが謝ることじゃない。男運が悪い私が悪いんだからさ」


 星座橋捺月は活躍するために枕営業をしてきたのだ。

 それの良し悪しを判断できる立場ではない。

 ただ、彼女が男性に対して嫌悪感を抱くのは無理ないか。

 最低な男たちの毒牙に触れ、彼女は心底気持ち悪いと思ったはずだし。


「灰瓦礫くんが思う幸せな家庭って何?」

「可愛いお嫁さんを貰い、子宝に恵まれ、家族全員で仲良く暮らせる家庭」

「残念だけど、そんなフィクションじみた家族があると思う?」


 星座橋㮈月は苦笑した。

 僕が話したような幸せな家庭が本当にあるとしたら。

 それはどれだけ幸せなことだろう。

 でも、実際にそんなことがないから——。

 人々は泣いたり、怒ったりしてしまうのかもしれないな。


「そもそもな話、私のお腹から生まれた子供は不幸になるだけだよ」

「……そこまで言わなくてもいいじゃん。僕は美人なママの元に生まれてきたら、嬉しいと思うよ。美形に育つ可能性も十分高いと思うからね」

「そんな事態になったら、尚更私は嫌になっちゃうかもしれない」

「子供が嫌いなの?」

「分からないよ。好きか嫌いかなんて」


 星座橋捺月は、僕と同じ高校二年生のはずだ。

 つまり、現在の年齢は16歳か17歳と言ったところだろう。

 そんな女の子に子供が好きか嫌いかと訊ねても、分からないか。


「ただ、子供を作りたくないんだよね。子供なんて絶対に要らない」

「どうして?」

「私の子供だよ? 絶対に僻んでしまうと思うもん」


 自分の性格を熟知しているからこそ、彼女は子供を作らないと決めているのだろう。二度中絶してきたと言っていたが、彼か彼女か分からないものの、星座橋捺月のお腹で宿った子供たちは、最初から生きることを許されなかったのだ。


「たとえ、どんなイイ子だとして、私が母親なんだもん。絶対に苦労する人生を歩むだろうなと思っちゃうからさ。それに私の血を半分は受け継ぐから、私みたいにネガティブな思考に陥りやすそうだなと思って」


 星座橋㮈月にも母性があるようだ。

 母性という表現で正しいのかは不明だけど。

 彼女は彼女なりの人生哲学を持っていたのだ。

 で、それを判断基準に、彼女は今を生きているのだ。


「私よりも子供がチヤホヤされてたら嫉妬で狂っちゃうよ」


 星座橋捺月は想像しているようだ。

 子供を持つ大人になった自分の姿を。


「私はね、目立ちたがり屋なの。誰もに愛されたいの」


 だからね、と呟いてから、彼女は瞳を鋭くさせて。


「だからね、私以上に目立って愛される赤子は邪魔なんだよ」


 口ではそう言いつつも、彼女は焼いた肉を僕のお皿に乗せてくれる。そんな献身的な姿に、家庭的なお嫁さんになるだろうなと思ってしまう。

 まぁ、彼女は今日僕と一緒に死ぬから、そんな未来は訪れないけどね。


「と言いながらも、君は赤子を愛しそうだ」

「絶対にないよ。そんなこと」

「ううん。根は優しい子だと思うから」

「勝手なことばかり言うんだね。今日会った癖に」


 お互いじゃないか。

 それでも、嗅覚で分かるんだよ。

 この人は本質的に優しいってさ。


「僕と君は根本的に壊れてるのかもね」

「今更気付いたの?」

「うん。物分かりが悪いんだ、僕は」

「生きるのが辛かったでしょ?」

「あぁ辛かったよ」

「今まで生きてくれてありがとうね」

「どういたしまして」


 僕は礼を言い、骨付きカルビを食べた。

 肉汁が溢れ出す。思わず、火傷してしまいそうだ。

 ただ、火傷してもいいと思えるほどに、肉は美味かった。



 さっきの質問だけどさ。

 と、僕は呟く。

 彼女は僕を見て「何?」と訊ねてくる。「女の幸せが何かって質問したじゃん」と言い、僕は彼女を真っ直ぐな瞳で見据えてから。


「幸せなんて、どこにだって存在するんじゃないかな?」


 言葉足らずな表現に、彼女は首を傾げてしまう。

 再度、僕は付け足すように言う。


「それを可視化できるかできないかは別として」


 僕の下手くそな会話を聞き、彼女は総括を述べてきた。


「つまり——自分たちが気づかないだけで幸せはその辺に転がっていると?」

「そういうことだよ」

「なら、今目の前にある幸せが何かを答えてよ」


 困った女の子だ。

 こんな無茶振りをしてくるなんてね。

 だが、僕はもうその幸せに気付いてるんだ。

 もう何度も噛み締めているから、すぐに答えることにした。


「星座橋㮈月が、僕の目の前に居ることだよ。それだけで、僕は幸せだ」


 ベッドの上では、何度も愛を囁かれたことがあるのかもしれない。

 でも、こういう場面で言われるのは、殆どなかったのだろうか。

 星座橋捺月は意外にも頬を真っ赤し、お手拭きで顔を隠してしまう。


「………………バカ。そ〜いうのやめてよ、素直に恥ずかしくなるから」


—————————————————————————————————

作家から


 まだまだ終わりそうにない(笑)

 明日まで延長する可能性大。

 深夜帯にも執筆するか、明日の朝から執筆するか。

 まだその辺は未定ですが、何かしらのアクションを残す。


 兎に角、まだもう少しだけ続きます( ̄▽ ̄)

 作家の熱がまだ冷めてないので、ガンガン書くよ。


 あと、1話は寝る前に書きます。(これだけは死守する)

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