第9話:リアルタイム執筆が始まりました①
「あぁ、気持ちよかったぁ〜」
僕が世界で一番愛する人は、ベッドの上に大の字に寝転び、深い呼吸を繰り返している。言わずもがな、全裸である。息を切らす度に、彼女の大振りな胸が上下に動いている。ピンと立った乳首が愛らしい。
「一生あの快感が続けばいいのになぁ〜」
行為の際中は馬乗りになり、僕を見下すような瞳を向けてきていたのに。
更には「情けないねぇー。男の子なのに体力全然ないじゃん」と、男性経験豊富な自分はまだまだ満足できませんアピールしていたのに。
僕を玩具扱いし、弄んでいた彼女は上気した頬を緩ませていた。
大量の汗が流れた首筋。口元には唾液と縮れた毛が付着している。
「童貞卒業した気分はどうかな?」
大の字だった星座橋捺月は、コロリと回る。
それからうつ伏せになった状態で、僕にそう訊ねてきた。
「どうと聞かれても……」
「大人になったという気はする?」
口元をニヤニヤされた。
ある意味これはセクハラ行為なのではないかと思ってしまう。
「……い、いや全然変わらないかも」
「まぁ、それはそっか。何も変わらないか」
彼女はつまらなさそうにいう。
僕としては、もう少し気の利いた台詞を言うべきだったのかもしれない。ただ何も思いつかなかったのだ。心情の変化も何もない。
童貞を卒業したところで、何も変わらない。喪失感なんて、どこにもないんだから。
「ただ幸福感はあるかな……」
「大好きなアイドルとヤレたから?」
「……そ、それはうん……」
恥ずかしがって言葉を失う僕に対して、星座橋捺月は微笑んだ。
行為に浸っている最中には、些細なことは気にならない。
だが、一度射精に至ると、頭は正常な思考に戻るのだ。
この時間をネット用語では、賢者タイムと呼ぶらしいのだが……。
「本当にどうしてこんなことになったんだろう?」
「キミが私の誘いに乗った。それだけの話でしょ?」
「いや……そ〜いう問題じゃないんだけど」
自殺するために、僕はこの東京へと足を運んだのだ。
それなのに成り行きで路地裏のホテルへと入り、推しのアイドルとカラダの関係を持つ。
我ながら謎の関係性としか言いようがない。
「でもよかったじゃん。最後に童貞卒業できて」
「……う、うん。それはそうだけどさ」
「何、まだ未練があるの? この世界に」
「ううん。ないよ、特にこの世に残したいことなんてさ」
幸せボケしてしまう。
僕は死ぬためにここに来たのだ。
それに、この自殺オフ会の主催者である彼女も、死を選ぶために来たのだ。
「あのさ、抱きしめてもいい?」
僕は訊ねた。
彼女は目を点にして。
「いいけど、どうしたの? 死ぬのが怖くなった?」
僕からの願いを聞き入れてくれた。
赤子のように、彼女の胸元に僕は顔を押し当てる。
柔らかく温かい感触に、僕の心は包まれた。
「怖くはない。ただ人肌が恋しくてさ」
「思う存分、私を抱きしめていいよ。好きなだけ」
みんなのアイドル——星座橋捺月。
だけど、今だけは、僕だけのアイドルだ。
◇◆◇◆◇◆
どれだけの時間、僕は彼女を抱きしめていただろうか。
彼女の心臓音を聞きながら、僕は眠りに付いてしまったようだ。
目を開くと、星座橋捺月は微笑んできた。
何度も恋焦がれた存在がいて、僕の心は踊ってしまう。
でも、表面に出すと、小馬鹿にされそうなので必死に隠すことにした。
「灰瓦礫くん、熟睡してたね。私の胸は寝心地がよかった?」
「あぁ、最高な枕だったよ」
「それはよかった」
彼女は母性溢れる笑みを浮かべた。
それから、軽やかな口振りで。
「そろそろ時間だね。外に出よっか?」
それはつまり——。
僕たちが死ぬことを意味する。
それにも関わらず、彼女は笑っていた。
そうだ。彼女は「死」を待ちわびていたのだ。
今までずっと。だから、嬉しいのだろう。
僕と捺月は服を着ることにした。脱ぎ散らかした衣類はそのままに、僕たちは購入したばかりの衣類を着る。カジュアルなスーツ姿に身を纏った僕は、部屋の端にある鏡と睨めっこしてしまう。
そんな僕とは対照的に、生まれてきたままの姿で、星座橋捺月は「う〜ん」と大量に購入した紙袋を開いては出し、開いては出しを繰り返す。今日来ていく服が見つからないようだ。
「ねぇ、どれがいいと思う?」
「どれでもいいから服を着たほうがいいと思うよ」
僕は目線を上手く合わせることができなくなる。
先程まで抱き合い、カラダを重ねていたのに。
今となっては、彼女の裸を直視することができない。
「照れてるの?」
「照れるでしょ、それはもう」
「そっか。ならさ、どれがいいか選んでよ」
「僕が選んでいいの……?」
「どれがいいか分からないんだもん」
「でもさ、今から着る服は正装なわけでしょ?」
「正装じゃなくて、喪服だけどね」
死ぬために星座橋捺月は服を購入したのだ。
それも大量に。
彼女は人気絶頂のアイドルだ。
彼女が死んだとなれば、メディアは絶対に放っておかないはずだ。
だからこそ、彼女はオシャレな格好を完璧なアイドルとして死ぬつもりなのだ。
「私が選ぶよりも、キミが選んだほうがオタク受けはいいでしょ?」
星座橋捺月。
今をときめくアイドルで、僕が最も美しいと思う人。
彼女が自殺を図るとするのならば、どんな服を着るだろうか。
また、どんな服を着れば、オタクとして共感を得るだろうか。
僕はそう考え、一つの提案を出した。
「へぇ〜。こ〜いうのが灰瓦礫くんは好きなんだぁ〜」
鏡に映る自分の姿を見ながら、星座橋捺月は口元を緩ませる。
襟付きの無地色ブラウスと、左右非対称な黒のジャンパースカート。
胸元辺りまで伸びるのは、スカートに合わせた黒のネクタイ。
「でも、これ……結構おっぱいが強調されててエロいよね」
的確な指摘を出しながら、星座橋捺月は肩紐を調整する。立派に実った胸元が邪魔するらしい。
先程までエッチなことをしていたのにも関わらず、そんな自然体な彼女のほうが僕はエロいと思ってしまう。
「それに、太腿丸見えだし……スタイル良い女の子じゃないと絶対無理だよ、これは」
そう言いながら、彼女は鏡の前でクルリと一回転する。ジャンパースカートが揺れ動く。膝上十センチまで入ったハイスリットのおかげで、僕は彼女の生足を凝視するように見てしまう。
「で、灰瓦礫くん。今日の私は可愛い?」
「……可愛いよ」
「どのくらい可愛い? 具体的に教えて」
「無茶振りだね」
「言葉で伝えないと伝わらないこともあるんだよ」
暫し、僕は頭を捻ってみた。
ただし、大した頭を持っていないので、気の利いたセリフは言えない。
直感的にこれだなと思うものを言おう。思うがままに。
「月や星よりも輝いて見えるよ」
クサイことを言ってしまった。失敗だったかな。
そう思った頃には、彼女は目を細め、クスッと笑ってくる。口元を手で押さえながら、お上品に笑う彼女を見ると、失敗という二文字は頭の中から消えていく。
「それじゃあ。デートの続きを始めよっか?」
星座橋捺月がそう呟き、僕の方へと手を伸ばしてくれる。
僕はその手を握りしめ、彼女と共にホテルの外へと出るのであった。
あぁ、人生でもう二度とラブホテルには入らないだろうと予期しながら。
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作家から
2023年5月31日で投稿が止まっていた今作。
小説を今から随時リアルタイム形式で投稿していきます( ̄▽ ̄)
投稿ルールは「書き上がり次第、即投稿形式」です。
作戦としては、1話分の文字数を減らして……。
肩を慣らそうと思います。久々の執筆で、私も疲れると思うので。
目標は9月中の完結を目安にしています。
最近、小説から目を逸らして生きる日々を送っていました。
なので、気合いを入れ直して、小説を投稿していきたいと思います( ̄▽ ̄)
というわけで、明日中には終わると思うので、皆様楽しんでください!!
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