第6話
「ねぇ、もう何も怖くないでしょ?」
「キスの一回や二回で恐怖が止まるわけじゃないよ」
「それならもっとやったほうがいい?」
星座橋捺月とキスをした。あの大人気アイドルである彼女と。
頭の中では理解しているのだが、心の整理が追いつかない。
で、この後、僕と彼女はキス以上のことをしようと考えているのだ。
「シャワーは一緒に入ろうか。お互いに洗いっこしよう」
「一緒にだなんて……そ、それに洗いっこするなんて」
「女性とお風呂に入る。そんな機会はもう二度と来ないよ?」
僕と彼女は死ぬのだ。
聖なる日と呼ばれ、男女が盛る今夜に。
共に命を落とし、この世を去るのである。
「捺月さん……ちょいと大胆じゃないですか?」
目の前で、星座橋㮈月は服を脱ぎ、早速半裸になったのだ。
一度も日焼けをしたことがない。その表現がふさわしいほどに、彼女の肌は白かった。この薄暗い空間だからこそ、その白さが際立って見える。
「そう? 普通のことだと思うけど」
呼吸を繰り返す度に、女性の乳房が揺れ動いていた。
生まれて初めて見る光景に、僕は思わず見惚れてしまう。
服の上からでも大きいと思っていたが、脱ぐとその大きさが如実に分かる。と言っても、僕自身、他の女性のものを知らないけれど。
あと、大人気アイドル様は、服を脱ぐ際、上から脱ぐんだなと勉強にもなった。今後役に立つ機会は来ることはないと思うけれど。
「千秋くんは服を脱がないの?」
突然質問を受け、僕は戸惑ってしまう。
お風呂に入る前には、服を脱ぐのが当たり前である。
しかし、女性の前でスッポンポンになるのは勇気がいるのだ。
「もしかして、私に脱がせてほしい? 甘えたがりだね」
「洋服ぐらいは脱げるよ」
星座橋捺月から距離を置き、僕は彼女と反対方向を向く。
見られたとしても、おしりや背中を見られるだけだ。
その状態で、僕は本日買ってもらった洋服を脱ぐことにした。
「どうして反対見てるの?」
星座橋捺月が訊ねてきた。布が擦る音が聞こえてくる。
彼女がショーツを脱いだ証だ。
僕は後ろを振り向くことなく、言い返す。
「……裸を見られるのは抵抗があるんだよ」
「どうせ後から見ることになるのに。無駄だなぁ〜」
全裸になった。手元にタオルもない。
後ろを振り向けば、押しのアイドルが全裸で立っている。
そう思うだけで、心臓の鼓動が止まらない。部屋中に、僕の緊張が溢れ出しているのでないかと不安になってしまう。
「あのさ、電気を消してもらってもいい?」
「千秋くんって女々しいね」
部屋の電気が消え、視界は極めて悪くなった。
小窓の覆い尽くすカーテンの隙間から漏れ出る光だけが頼りだ。
ただ、人間というのは即座に適応できる生き物だ。相手がどこにいるのかは、目が慣れてきて分かる。
「ほら、来て」
星座橋捺月に腕を引かれて、僕はお風呂場へと向かう。
段差があり、若干転ろびそうになってしまった。恥ずかしい。
「座っていいよ。私が洗ってあげるから」
プラスチック製の風呂場椅子に腰を落ち着かせる。
星座橋㮈月は蛇口を捻り、シャワーから水を勢いよく出した。
冷たい水が出てきて、僕は咄嗟にビクッと反応してしまう。
「緊張してる? さっきから動きがギコチナイけど」
「…………初めてですから」
「初々しくて可愛いね、千秋くんは」
クスクス笑いながら、星座橋㮈月はシャワーの温度を確認した。
人肌になったと思ったのか、僕の体へとお湯を掛けてくれた。
「冷たくない?」
「これぐらいで大丈夫」
「うん。なら、背中から洗うね。前は心の準備が必要だと思うから」
体を誰かに洗ってもらう。そんな経験、僕には一度もなかった。
勿論、まだ体が小さかった頃には、母親に洗ったかもしれないけど。
物心が付いてからは一度もないと思える。そもそも論、誰かと一緒にお風呂に入る機会なんて、中学校の修学旅行以来だ。
それにしても、気まずい。
アイドル様の白い手でゴシゴシ洗ってもらっている状況が。
何か会話があったほうがいいんだろうけど、思いつかない。
でも、沈黙が続くと、困るのは僕自身だ。何か聞こう。
「捺月はさ、どうしてアイドルになったの?」
神様に愛された容姿を持つ少女の手が止まった。
だが、数秒後には、また動き出した。
「みんなの笑顔を見るためだよ」
雑誌やテレビ出演で、何度も何度も聞いたことがある耳触りのいい回答。彼女の本性を知る前の僕ならば、これだけでブヒブヒしてただろう。
でも、本物の彼女を知ってしまった以上、ここで引き下がるわけにはいかない。
「僕が聞きたいのは理想のアイドル——星座橋㮈月じゃない。僕が聞きたいのは嘘吐きなアイドル——星座橋㮈月の本心だよ」
星座橋㮈月は僕の両肩に手を置き、耳元で囁いてくる。
「愛されたかったんだ。世界で一番のアイドルになって」
白い指先が僕の首元に触れる。
まるで、獲物の出方を観察する蛇のように。
「愛されたかった……?」
「うん、私の家ってさ、あんまりいい環境じゃなかったから」
星座橋㮈月の家庭は問題があった。
両親の関係が悪く、絶えず家庭では言い争いが起きていた。
故に、星座橋㮈月の親権がどちらが持つのかでも、押し付けていたらしい。星座橋㮈月という娘は、二人にとって邪魔者でしかないから。
だから、星座橋㮈月は中学に上がる際に、東京へと戻ってきた。
表向きは、東京の難関中学へと入学したいからと嘘を吐いて。
父親と母親へ負担を掛けないように、一人暮らしするために。
「だからね、アイドルになって愛されたかったの。無性の愛が欲しかったの。私がどんな最低な人間でもずっと愛してくれる誰かを求めてた」
星座橋㮈月は、後ろから僕を抱きしめてきた。
背中に触れる乳房が僕の方へと埋れてくる。彼女の乳房にある突起した部分は大きく膨らんでいる。意識せずとも、居場所が分かる。
「キミは私を裏切らないよね?」
「うん、僕は君しか興味がない。君さえいればそれだけでいいよ」
抱きしめる力は強かった。まるで、もう逃さないというように。
◇◆◇◆◇◆
数秒にも数十秒にも及んで、僕は星座橋㮈月に抱きしめられていた。
のしかかり状態に近く、体勢が段々と辛くなる。
そろそろ離れてもらいたいと思っていた頃、僕は気付いてしまった。
「その包帯は……?」
星座橋㮈月の腕には、白い包帯が巻かれていたのだ。
一度、彼女の半裸を見ていたはずなのに、見落としていたらしい。
先程は胸元にしか目が行ってなかったし、仕方ないだろう。
「ん? これ? 大したことじゃないよ」
大したことない。
そう言いながらも、多くの観客を熱狂させる存在は包帯を外した。
「うっ……!?」
暗闇に長時間居ると、目は段々と慣れてくる。
だからこそ、僕は彼女が小さな布切れで隠していた手首を見た瞬間、声にもならない声を出してしまっていた。
何度も何度も引き裂き、皮膚が変色してしまった傷跡が。
一目見ただけで痛々しさが分かった。
自分を傷付けた証の一本一本が、彼女の苦しみを如実に現している。
「ねぇ、千秋くん。私のこと嫌いになった? キミが大好きなアイドル様が、こんなメンヘラ女だと知って。気持ち悪いと思ったでしょ?」
「嫌いになるわけないよ。星座橋㮈月への愛は変わらない」
「キミってさ、最高のオタクだね。全人類が模範とすべき」
背中を流し洗ったあと、星座橋㮈月が前方に回ってきた。
ギンギンに勃った部位を見られるのは、気恥ずかしい。
けれど、見慣れているのか、彼女の表情は凛として素っ気なかった。
「私が前も洗っていいかな?」
人生という名の舞台でスポットライトが照らされる可憐な少女は、惜しむことなく、女体を露わした。
線が細く、出るべき部位はしっかりと出る彼女の姿は、一流の技巧師が作り出した人形と言っても遜色がないほどに洗練されている。ただ、どこか儚げで、一度触れてしまうと白雪のように溶けて消えてしまいそうだ。
「お腹の傷はどうしたの?」
前面を洗っている間に、僕はまたしても彼女の傷跡に気付いてしまった。深掘りするのはよろしいことではないと理解しているのにも関わらず、聞いてしまう性分なのである。我ながら面倒なことに突っ込むタイプだなと反省しつつも、彼女の返答を待つことにした。
「……コンシーラーが消えちゃったか。これは内緒だったのになぁ〜」
現役最強のアイドル様——星座橋㮈月は、ペロッと舌を出した。
ベロを出す瞬間さえ、可憐な姿で、大ファンである僕はドキッとしてしまう。神様にも等しいほどに崇拝する存在は不敵な笑みを浮かべて。
「これね、中絶痕だよ。私ね、今までに何人か堕ろしてるんだよ」
アイドルの妊娠。アイドルの中絶。
二つを同時に知り、僕の表情は歪んでしまう。嘘吐きな彼女の本性を知れば知るほどに、
一人ではなく、それも複数人居る。その事実さえも、僕の心を壊す。
「誰との子供なんか分かんないよ。色んな男と寝てきたから」
ただ、猫被りで最強の嘘吐きなアイドル様を、僕は心から愛している。
否、守りたいと思ってしまう。
偽りだらけの存在だけど、彼女が最強に可愛い。
その事実は天地がひっくり返っても、変わらないのだから。
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作家から
下書きを最後まで書き上げているが、所々の調整がまだできていない。
語彙や表現の仕方に、私がまだ納得していない段階。
でも、明日が終わると、月曜日が現れ、また仕事が再開する。
つまりは書き上げる時間がない。故に、どうするか絶賛悩み中である。
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