第4話
腹は十分に満たされた。僕と捺月はバーガーショップをあとにし、街をぶらぶら歩くことにした。東京の街を歩くのは初めての経験で、大きな建造物が立ち並んでおり、僕は圧巻される。
名前を聞いたことがある企業の本社が目の前にあるのだ。
それなのに、誰もそんなことどうでもいいのに歩いているのだ。
おかしな話だと思うのは、僕だけなのかな。
隣を歩く捺月は、困惑する僕の姿を見て、ニタニタしている。
「田舎者で悪かったね。僕にとっては全てが新鮮なんだよ」
「別に悪いことじゃないでしょ。私だって、初めてこの街に来たときはこんな感じだったなぁ〜と懐かしんでいただけだし」
「星座橋さ……捺月って出身は東京都だったはずでは……?」
気が抜けて、星座橋さんと言おうとしていた。
それは違うでしょ。言い直しなさいみたいな表情で見てきたから、空かさず言い直したけど……星座橋さんって意外と面倒な女の子なのかも。
「出生地は東京だよ。でもさ、両親が転勤族だったから、実質私の生まれ故郷は千歳なの。知ってるかな? 北海道なんだけどさ」
千歳と言われても、新千歳空港ぐらいしか出てこない。
北海道に行ったことがないので、僕の知識はテレビしかないけれど。
「中学生に上がる前に、この街に戻ってきたんだけどさ」
当時を思い返しているのか、星座橋捺月は懐かしんで。
「ワクワクしたんだよね、この街のスケールに。ゲームで言うところの、一気に世界観が広がった感じ? 今までさ、雪が積もった世界しか知らなかったから、余計に興奮したんだ。夜が明るい世界があるんだって」
何かが変わる。何かが起きる。
星座橋捺月はそう思ったらしい。
目に映る全てのものが輝いて見えたらしい。
「で、その後すぐに芸能事務所の人にスカウトされたんだ」
星座橋捺月はアイドルを始める前に、子役業を行っていた。
ネット上で、そんな噂を聞いたことがある。実際、ネット検索すれば、彼女がドラマやバラエティ番組のちょい役に出演したシーンが出てくる。
「それからね、全てが順調に進んでいたんだよ。学校に行けば人気者で、芸能生活では演技が上手いと評判で。どこに行っても可愛いね、可愛いねって評判で。この世界は私を中心にして回っていると思ってた」
でもね、と僕が世界で一番愛するアイドルは小さな声で呟いた。
この世の全てを破壊してやるとでも言うように。
この世界全てを恨んでやる。呪ってやる。
この世界の住民全てが死んでくれと願う歪な表情で。
「でもね、中学二年生だった頃に、その楽しさは全部消えたんだよ」
星座橋㮈月の口から出る言葉を、これ以上聞きたくなかった。
聞かずとも、口調だけで分かってしまうから。
彼女がこれから語る内容は、僕が聞きたくない内容だと。
「マネージャーさんに連れて行かれたの。お偉いさんのところに。分かるかな? 枕営業って言うんだよ。当時の私が在籍してた事務所は弱小だったから、仕事を貰うためには演者の協力が必要なんだよ。大変だよね」
天真爛漫で純粋無垢な少女を襲ったのは、醜く下劣で卑劣な社会に蔓延る大人。仕事を貰う代わりに、この世の穢れを知らない少女は体を委ねたのだ。抵抗しても無駄だったらしい。芸能界は簡単な世界じゃないんだよと、マネージャーに諭されながら、少女は自分の初物を捨てたのだ。
「大人の人ってね、若い女の子が大好きなんだよ。特にね、中学生ぐらいの未発達な女の子が好——————」
壊れたラジオのように饒舌で語る星座橋捺月。
僕は彼女の話を聞きながら、涙を流していた。
「やめて……やめてよ、やめて……聞きたくないよ。やめてください……お願いします。もうこれ以上……壊さないで。自分を苦しめないでよ」
華やかなテレビの世界で映る星座橋捺月しか、僕は知らない。
だからこそ、彼女の裏側なんて聞きたくなかった。
僕が思い描く理想のアイドル——星座橋捺月像が壊れるから。
「千秋くん、キミはさ勘違いしてるよ。私はもう壊れてるんだよ」
「えっ……?」
女子高校生が選ぶなりたい顔第一位に選ばれた彼女は、親指と人差し指で銃の形を作った。その白魚のような指先を、自らの頭に当てて。
「キミと出会うずっと前から、私は壊れたままなんだよ」
そう呟くと、星座橋捺月は五歩ほど前へと出た。
クルリとターンを決め、彼女はマジマジとこちらを向いている。
「ねぇ、千秋くん。キミは
星座橋捺月の過去がどうであれ。
僕が彼女に救われた事実は変わらない。
だからこそ、僕が彼女に対する想いは変わらなくて。
「愛するよ。どんな
「キミが思っている以上に、私は薄汚れたアイドルなのに? 今まで、散々多くのファンを騙してきた悪女なのに? それでもいいの?」
「…………僕にとって、
僕の返事を聞いて、星座橋㮈月はニコニコ笑顔になった。
僕の側に寄ってきて、彼女は小指を差し出してきた。
「指切りしよっか」
陰気臭い僕と枕営業アイドルの彼女は指切りをした。
「私以外の女の子には、絶対に
「僕には星座橋捺月さえ居ればいい。それだけで満足だよ」
「ありがとう、千秋くん。私だけを今後も一生愛してね、私だけを」
対等な関係なんてない。
指切りを行うが、制限を掛けられるのは僕だけだった。
星座橋捺月以外の女の子に興味を持つなんて、この先ありえないからどうでもいいんだけどさ。どうせ、僕たちは今日死ぬのだから。
「指切りしちゃったね。それじゃあ、行こっか?」
「行く? どこに?」
「決まってるでしょ。ホテルだよ、私だけを愛してくれるんでしょ?」
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