第2話

「勝手に連れて来てごめんね。ハンバーガーで本当に良かった?」


 押しのアイドルに引っ張られて連れてこられたのは——。

 赤と黄が特徴的な某超有名なバーガーチェーン店。


「あ、うん。大丈夫だよ。僕、ジャンキーな食べ物大好きだし」


 子供から大人まで幅広い層に人気で、マスコットキャラクター的存在であるピエロが、子供の頃の僕には不気味にしか見えなかった。

 まぁ、今ではお役御免と言われるほどに露出する機会が消えたけど。


「それにしても意外だな……あの星座橋さんがマックに来るなんて」

「何だとぉ〜? 私がマックに来たらダメなのかい?」

「いやぁ〜。そ〜いうわけじゃないけどさ。有名人でも通うんだと思ってさ。ほら、もっと健康に意識した食事を取ってそうな気がしてさ」

「ビルゲイツやジェフベゾスだって、マックを使うんだよ。それも、クーポンだって使うぐらいのヘビーユーザーなのに」


 アメリカの超有名な社長陣だって、マックが大好物。

 そう考えると、星座橋捺月が食べに来ているのも普通のことか。


「あの〜。レジを通り過ぎて、そのまま席に来ちゃいましたけどいいんですか? 注文とかをしないで」


 僕と星座橋さんが訪れたのは、店舗型。

 ショッピングモールの端っこにある感じならば、自分たちの席を確保してから注文しに行くことも考えられるけれど……。

 店舗型ならば、注文もせずに入るなんてありなのかと思ってしまう。


「ふぅ〜ん。灰瓦礫くんって、普段マックとか来ない系? あ、もしかして関西の人? え〜と、マクドと言わないとダメ?」

「…………はい。実はここ最近殆ど来たことがありません。あと、僕は九州出身なので、マックで通じますよ」

「なるほどなぁ〜。ならば、時代の移り変わりを感じられるよ」


 お姉さんに全部任せなさいという感じの表情を浮かべている。

 大船に乗ったつもりで安心していなさいとでも言いたげだ。


「モバイルオーダーって言うんだけどね。今は座席でも注文できるんだよ。凄いだろぉ? 凄いでしょ〜? この時代の移り変わりはさ」


 星座橋捺月。

 僕は彼女のことを少しだけ勘違いしていたかもしれない。

 僕の勝手なイメージというか、僕がテレビの画面上で見る彼女は寡黙で、お上品で、お嬢様みたいな人だと思っていたのだが——。


「星座橋さんって……結構喋る人なんだね」

「あ、ご……ご、ごめん。つ、つい……素が出ちゃってたかも」


 口元を押さえながら、星座橋さんは顔を真っ赤に染める。

 今までにも何度か指摘されたことがあるのだろうか。


「謝ることじゃないよ。星座橋さんも普通の女の子なんだなと思ってさ」

「それはそうだよ。私だって、どこにでもいる普通の女の子と同じ。大声で笑うこともあるし、トイレにも行くし、それに夜には枕を濡らすこともあるよ。どう? 幻滅した? 理想の星座橋捺月像が壊れちゃって」


 自嘲気味に話す星座橋捺月に対して、僕は素直な気持ちを伝える。


「逆に親近感が湧いたよ。画面上で見ていた星座橋さんは、ガラス細工みたいな人だと思っていたからさ」

「ガラス細工みたいな人?? ど〜いう意味?」


 自分でも伝わりにくい表現だなと思っていただけに、指摘されると困る。ともあれ、説明するしかない。一度言ったことを説明するのは、めちゃくちゃ恥ずかしいけどさ。あぁ、もっと言葉選びが上手ければな。


「天然じゃなくて人工物に見えたんだ。アイドルを演じてるというのかな。どこか無理をしているように……ええと、僕は何を言いたいんだろ」


 ガラス細工みたいな言葉を使ってしまっただけに、恥をかいちゃった。

 星座橋さんは僕の話を聞いて、ぽかーん顔だし。あぁ、恥ずかしい。


「要するに、私が皆が思い描く理想のアイドル像を演じてた。そう言いたいんでしょ? 灰瓦礫くん」


 星座橋㮈月は、僕が言いたいことを言語化してくれた。

 コクコクと頷くと、彼女は満面の笑みを浮かべて。


「悔しいなぁ……。しっかり演じてるつもりだったのに」

「えっ……?」

「皆が思い描く理想のアイドル、完璧だって思ってたのになぁ〜」


 でも、と呟いてから、星座橋捺月は僕の鼻に指先を当ててきて。


「キミには全部お見通しってわけですか。う〜ん、アイドル失格だ、私」


 アイドル失格。

 その言葉には、僕はどうしても反論するしかなかった。

 星座橋㮈月という存在に、僕がどれだけ感化されたのか。

 彼女のおかげで、僕は何度救われたことか。それを教えるために。


「星座橋さんはアイドル失格じゃないよ。僕にとって、神様みたいな人なんだ。僕は星座橋さんが居なかったら……もうこの世界から消えてるよ」

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