第50話 格段

ジャキッ! ガキン! シャキン! 


「おおーと! 凄い試合だ! 動きが早すぎて我々常人ではどうなってるのか全然見えません!」


猫耳司会者がマイクを使って叫ぶ。


最初は今まで通り運良く勝つ試合を演出しようとしたんだが…… このエロ爺ぃ!


俺はスローモーションモード&再生速度x10で動いてるんだぞ? 

どうしてこの爺は反応出来るんだ?


「ほー、こんな田舎の地方剣術大会にお前さんみたいな剣士が紛れていたとはのう? 長く生きているとまだまだ驚く事もあるものじゃな?」


キンキン! キンキン! シャキン! シャキンシャキン!


爺は呑気に喋ってるが、お互い相当なスピードで斬り合っている。


クソッ! この爺、今まで会ったどの剣士よりも段違いに強い!   

さっさと決着つけてファクとの試合を決めたいのによ!


「どうしたんじゃ? 剣に焦りが見えるぞい? それにしても、剣術は素人レベルなのにそれを補うお前さんの身体能力……磨けば光る原石なのに勿体ないのう。どうじゃ? ワシの弟子にならんか?」


俺は一旦間合いを取るために後方へ飛ぶ。


「断る! 俺は二度と上下関係がある人間関係には属さないと決めたからな」


「そうか……残念じゃ。お前さんならワシの夢を叶えてくれると思ったが……なら仕方ない、もう決着をつけようぞ」


スアルーホは剣を鞘に納めると片足を前に出し、腰を屈め、右手で剣に手を掛けると全身から殺気が漂い始めた。


何かヤバい……

危険だと俺の本能が叫ぶ。


「抜刀術 真二首!!」


ブワッ!!


「スーパースローモーションモード!!」


?!


気付くとスアルーホの剣が俺の首を切り落とす寸前で止まっていた。


本気か? 化物かよ! 


再生速度x20


急いで頭を屈めスアルーホの鳩尾に剣の柄で何度も思いっきり叩くが、タイヤを叩いているようで全然効いた感じがしない。これ以上アプリを作動するにも俺の体力の限界がある。


ならば別の方法で!


≒≒≒≒≒≒≒≒≒≒≒≒≒≒≒≒≒≒≒≒≒≒≒≒≒≒≒≒≒


「……えっ? えーと。あっ! スアルーホ選手場外により失格です。 よって勝者はオムライス選手!」


猫耳司会者もそうだが観戦している観客は一体何が起きたか分からず、シーンと静まり返っていた。


観客達が認識できたのはスアルーホが剣を構え直す。そして、次の瞬間スアルーホは場外に出ていた事実のみ。


しかし、この会場に気付いた者達が居た。


「ルーシャ王女! 身を乗りだしたら危ないですじゃ!」


ルーシャが来賓席から身を乗り出して試合に釘付けになっていた。


「だって! あんな事が出来る人なんて……」





疲れた……

準決勝と決勝が明日で良かった。アプリ使用過多によって急激に眠気が襲ってきた。

俺はマザーに肩を借りてフラフラになりながら宿へと戻ると、メイプルが目を輝かせて手にメモ帳を持って待っていた。


「オムライス選手! 凄い戦いでしたー! あの有名な老剣士スアルーホ選手と対等に戦える剣士がー、こんなに身近に居たなんてー、私ー、感動しましたー! 予想通りー、凄い人だったんですねー! 感想をー、一言お願いしますよー!」


『お引き取りください』

マザーがニッコリと笑ってメイプルへ言った。


「え?」


『お引き取り下さい! オムライス様は試合ですごく疲れてるんです!」


マザーの気迫に押されてメイプルはこれ以上何も言わず、黙って俺達が部屋へ入るのを見送った。


『エメス様。もう大丈夫ですよ? 私が貴方を守ります。どうか、ゆっくりと眠って下さいね』


ベットで横になった俺を、マザーは赤ん坊をあやすかの様にポンポンとリズムよく俺の胸を叩いた。


あっ……眠れるかも……




ドンドン!


ドンドン!


ドンドン!


な……なんだあ? 誰だ扉をさっきから叩く奴は? うるさいな!


目を開けると隣でマザーがスヤスヤと眠っている。という事はアラーム前の時間か。


気持ちよく寝ていた所を起こされた俺は不機嫌になりながら扉へ向かう。


「何かようですか?」


「あっ、オムライス様。お疲れの所大変失礼致します。私、宿のオーナーのフェルマと申します。貴方にどうしてもお会いしたい方が来ておりまして……扉を開けて頂けないでしょうか?」


まさか、ルーシャじゃないだろうな?


「何方か言わない限り開けませんよ?」


「……ファク選手です」

オーナーのフェルマが小声で答える。

なるほど……


「話は違う場所で良いですか? 場所を指定してくれたらそこへ行きますので」


向こうも俺の提案に安心したのか、闘技場の裏にある広場に1時間後に待つと場所を指定してきた。


まっ、予想通りの展開だな。



わざと10分遅れで広場に着くと、ファクが一人で周りを気にしながら立っていた。


「お待たせ致しました! いやー、有名なファク隊長に声を掛けられるなんて光栄です!」

と、全く思ってもない事を告げると、少し機嫌が良くなったファクが遠回しに不正を提案してきた。


「オムライス君。君の試合は見せてもらったよ。私程ではないが素晴らしい試合をしていたね。そこで、提案があるんだが?」


「提案……ですか?」

オドオドした振りをして聞き返す。


「勇神隊の小隊長に君を推薦したいんだがどうかね?」


「えっ! 本当ですか? 是非入りたいです!」


「おほんっ、そうか……では一つ条件がある。これから行われる私と君との試合の事なんだが……」

ファクは勿体ぶって核心の話を中々出してこない。


「試合を……どうしたら良いのでしょうか?」


「私が何を言いたいか分かるだろう? なっ?」

ファクが俺の肩に手を乗せてきた。


やれやれ……奴の思惑通り乗ってやるか。


「分かりました……次の試合……貴方の望むようにします……だから僕を勇神隊へ入れてください!」


「フフフ、物分かりがいいね。君は出世するよ。なぁに約束は守る」


「ありがとうございます! では早速ですが、段取りを決めませんか? 最初は適当に鍔迫り合いをします。 僕が「うぉぉぉー!」と叫んでファクさんへ突っ込みます。それが合図です。そして、一二、三の太刀で僕が頭を低くして突きの体勢で突っ込みますので、頭からズバッと斬ってください! 僕は倒れて起き上がらないようにしますので」


「素晴らしい。君は良い部下になりそうだ。今後もよろしく頼むよ」

ファクはそういうと、ポンっと俺の肩を叩いて去って行った。


ルンルンで去っていく奴の背中を見ながら、俺はほくそ笑んだ。

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