第46話 誘悪

「オウッ! オウッ! オウッ! オウッ!」


ファクを後押しするかの様な雄叫びが後ろの観戦者達から聞こえてきた。


「ちっ、勇神の兵隊達だ。紋章こそ付けてないがやはり紛れてやがったか」

ピエールがファク達の方を見て呟いた。


「ピエールさん、勇神隊隊長のファクっていったいどんな奴なんすか?」


興味本位でピエールに聞くと予想通りの返答が返ってきた。

公には誰も言わないが目的達成の為なら手段を選ばず、女だろうと子供だろうと容赦しない男。それに加えて剣の腕前は隊長クラスの実力、それがファクだった。


ペゴンタが緊張した面持ちで武道場へ上がる。完全にファクの雰囲気にのまれてしまってガチガチになっていた。


試合が始まる前から嫌な流れだ……

勇神隊隊長の肩書きに加えて、ファクを後押しする怒号の様な声援。

ペゴンタはファクという男を想像以上に大きく見てしまっていた。


「ペゴンタさん、落ち着いて!」


駄目だ……まるで聞こえていない。

声を掛けるがペゴンタには聞こえていないようだった。


「ファク選手、ペゴンタ選手、始め!」


審判の合図で試合が始まると同時によりいっそうファクを後押しする声援が大きくなった。


互いに剣を構え、間合いを見計らっていた。


最初に仕掛けたのはファクだった。それを上手く剣で受け止めるペゴンタ。

見る限り実力はファクが上まっているがペゴンタも実力以上の戦いをして、予想以上に拮抗した試合になっていた。


しかし、状況は一変する。


二人が鍔迫り合いをしていた後、ペゴンタが明らかに動揺した動きになり徐々にファクの剣撃が当たる様になっていった。


動揺というか迷いがある動き……

鍔迫り合いの後……


アプリ マイク モード


ファクとペゴンタが再び鍔迫り合いをする。


「次の一撃で倒れろ。いいな?」

「いう事を聞いたら本当に俺を勇神隊に入れてくれるのですか?」

「隊長である俺が推薦したら間違いなく入れる。さぁ、バレない様に俺に上手く斬られろ、いいな?」

「……はい」


2人が再び離れる、ファクが叫んだ。


「一撃必殺!」


ファクがペゴンダへ斬りかかると!ペゴンタは上手く斬られて倒れようとした。

しかし、それを見計らったかの様にファクが鎧の隙間からペゴンタの心臓を一突きした。


「ガフッ……」


ペゴンタは口から血を吐くと前のめりに倒れると同時に審判がファクの勝利を宣言した。


「担架だ! 担架を呼べ!」


ペゴンタの容態に周りがざわつき始めた。

俺達も急いでペゴンタの元へ駆け寄る。


「所詮、地方レベルのギルド剣士などこの程度か? 簡単に死ぬなよ? 予選で死人なぞ出たら寝付きがや悪くなるからな?」


そう言い捨てるとファクは武道場をおりていった。


本選に出場しないピエールとシャナズはペゴンタと一緒に医療室へ消えていった。


本選出場が決まっているグロッグと俺は怒りを抑えてただ見つめるしかなかった。


「剣術大会とはいえ、稀にこういう事故は起きる。ペゴンタも一剣士だ。当然、承知の上でこの剣術大会へ参加している。恨みっこなしだ」


グロッグが落ち着いた声で独り言なのか俺に対して言ったのか分からないが呟いた。


「事故ね…… 」


ファクとペゴンタの会話。ファクは間違いなく取引を提案し、ペゴンタはそれにのってしまった。ファクはその弱みに付け込んで……

ファクは勿論クソ野郎だが、美味しい話に少しでものってしまったペゴンタにも原因がある。

結果的に何も無くてもファクが勝っていたかもしれないが、少なくともペゴンタが重傷を負う事は無かったはずだ。


非常だが、この世界は弱い奴や騙される奴が悪い。


内心、安堵している自分がここに居るのも事実。万が一ペゴンタがファクに勝ってしまったら、俺がファクと戦う機会を失ってしまうからだ。


抑えきれない俺の負の部分を垣間見せてしまう。誰にも気付かれてなければいいが……



「本選出場者の方はお集まりください!」


主催者のスタッフが本選出場を決めた16人を招集があり、明日から本選を闘技場で行うと説明があった。

また、主催者側が用意した豪華な宿の部屋を割り当てられ、食事も酒も女も飲み放題、抱き放題※

※公には提示されていない


グロッグと2人一緒に予選会場を出るとアナスタシアが駆け寄ってきた。


「アナスタシアさん、ペゴンタの容態はどうですか?」


グロッグがアナスタシアに会うなり即座に聞いていた。弟分でもあるペゴンタの事を誰よりも気にかけていた。


「予断は許さないわ。医者が懸命になってペゴンタの治療をしているわ。優秀な治癒魔法を使える神官が居たら…… 貴方達は本選の事に集中しなさい。本当は貴方達の本選出場を手放しで喜びたいんだけど……」


アナスタシアと少し雑談をした後、俺は2人と別れて宿の部屋へ向かった。


優秀な神官が居ればペゴンタの傷を治癒出来るか……ったく、アナスタシア、お前にもう一つ大きな借しを作るからな。


「制限モード解除。マザーへ電話」


プルルルル プルルルル プルルルル


「あっ、マザーか? 今から、ダミナーイグに来れないか? えっ? 今、家具を買いにダミナーイグに居るって?」


俺はマザーに直ぐに闘技場に来るように言い、マザーと落ち合うと、ペゴンタが居る病院へ急いだ。



「エメ……オムライス、ラフシール。2人してどうしたんだ?」


病院に駆け付けた俺達を見たアナスタシアが不思議そうな顔で言った。


「マザー、治癒魔法は使えそうか?」


『どうでしょうか、原理は理解してるのでやってみる価値はあると思います』


「だそうだ。アナスタシア、ペゴンタの治療室にマザーを連れて行ってやってくれ!」


「しかし……」


「一刻の猶予も無いんだろう? 一か八かだ! 文句なら後で聞いてやる!」


「わ、わかったわ!」


アナスタシアはマザーを連れて病院の奥へ消えていった。

成功したらいいが……そう思いながら、待合室に座って結果を待っている間に、疲れで少しウトウトしかかっていた頃、こちらに走ってくる足音が近づいてきた。


「エメス! ラフシールの治癒魔法が成功して一命を取り止めたわ! 君って奴は! 本当に、本当にありがとう!」


アナスタシアが俺に飛びついてくると涙目で感謝してきた。


「そうか、本当に良かった。でも俺じゃなくラフシールに感謝してやってくれ」

アナスタシアの背中をポンポンと叩き慰めた。


『エメス……様、何とか……成功しました』


フラフラと歩いてくるマザーが俺を見つけると安心したのか膝から崩れ落ちた。

床に倒れる直前に俺はマザーを受け止めて抱き寄せた。


「良くやった」


俺はマザーをお姫様抱っこをして宿へ向かう。


『……エメス様」


「気付いたのか?」


「少し前から……あの……すれ違う人達が私達を見てくるので少し恥ずかしいのですが……』


「仕方ないだろう? 一番手っ取り早い運び方なんだからさ。じゃあ降ろすから歩いてもらうかな?」


『ま、待って下さい! このままでいい……ですから。でも、エメス様、宿に着いたらどうしてダミナーイグに居たのか教えて下さいね?』


「うっ……」


棘のある屈託のない笑顔に怯えつつ俺はマザーを抱いて宿へ向かうのであった。

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