3.ラグナロクの歴史的経緯 ④現実の対応

 ④ 現実の対応


 カミがなくなったことは,確かに悲しむべき事だが,問題はそれだけではなかった.

 そもそも,カミというものは,熱を持ち水分を蒸散させる必要がある箇所に生えていたのである.さらに,頭皮を覆い,頭蓋骨とその中身,脳みそを守る役割もあった.特に,カミもなしに日中,太陽光の紫外線にさらされるのは,危険なことであった.

 単純な解消法として,外出の必要がある人は,帽子をかぶることが推奨された.オーソドックスなデザインのキャップから,クラシックなハットに至るまで,店頭から帽子が消えた.帽子を独占し,転売する悪徳業者も現れる始末で,行政が帽子工場を管理下に置き,全国民に最低一つは何かしらの帽子が行き渡るように調整された.これは,当時の日本の総理大臣の名前をもじって,オグリキャップと呼称された.(注9)しかし,アタマだけでなく顔も覆い尽くせるようにとの配慮からかき集められた帽子の形状が,目と口の部分だけを切り抜いてすっぽりかぶるタイプの,いわゆる目出し帽で,かぶってみると,映画の中でしかお目にかかれないレベルの銀行強盗のようだったことと,真っ白でまるで男性下着のようなイメージを抱かせるデザインのキャップだったため,国民にはとてつもなく不評であった.税金の無駄遣いと言われ,野党からの激しい追及という名の罵倒にさらされた国会答弁中の総理大臣だけが,涙目になりながら着用していた.国会内は屋内だから,かぶる必要がなかったのに.

 しかし,そこはやはり日本.非常にたくましい国民性を発揮した.様々な業種が,帽子を独自に量産したのである.服飾関係だけではなく,家電メーカーまでもが帽子を作成するに至った.加えて,ハイブランドショップまでが高級路線のオシャレな帽子を開発,世界中で日本だけ,帽子が一大オシャレアイテムとなったのである.


 もちろん,帽子をかぶらずとも,外出している人たちはたくさんいた.

 世界中の人類からカミが失われている中で,カミの事を気にするのは,もはやナンセンスであるという認識に至ったのである.すなわち,赤信号みんなで渡れば怖くない,ではなく,もうどうせ信号は崩壊しているから気にすんなよ,ということである.

 必死にないはずのカミをあるように見せるよりも,従来の化粧の一環として,カミがなくなったアタマを活かした化粧を考案し,堂々と街を歩くことを推奨し,眉毛やまつげや目元など,化粧で何とかなる部分をキレイに飾り,それを,トレンドとしたのである.当初は恥ずかしがっていた女性たちも,周りがみんな同じ事をやっているのであれば,恥ずかしがることはなく,堂々とすればいいという認識に至った.(注10)

 結果,カミは失われ,多くの人命もまた失われたが,やはり人類は,前を向いて歩くことになるのである.(注11)

 これが,ラグナロク現象の,歴史的な表の面である.ここまで,現象の発生から,実に10年の歳月が経っている.

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