第4話


言われるままに、ドルオタ=三郎太の身体を、肉体改造することにした。

全く運動というモノをしていなかったせいか、少し動いただけで効果があり、一ヶ月ほどで、かなり見違えるほどになった。驚いたことに身体がシャープになるのに連れて、髪の毛が増えた。脂ぎっていた髪が、ハリとコシをもち、伸びて、増えた。増えたよ! ちゃんと手入れしたら、なんとかなるんだなあ。

「目標を立てよう」

いろいろ検討した結果、演劇のオーディションを受けてみることにした。銀杏さんが、知り合いの劇団を紹介してくれた。肉体改造、発声練習、演技レッスン。猛特訓。僕には、スポーツ選手の身体能力と、俳優の演技力と、芸人のお笑いセンスの経験がある。それらを駆使して、結果、見事合格。

稽古に参加して、その間、バイトもいくつかやった。飲食店に、コールセンター、芸能事務所に登録して、モデルの仕事。モデルと言っても、小さなアパレルの新聞広告モデルだけど。仕事は仕事だ。


ある日、稽古も終わって、銀杏さんとふたり、銀杏さんの部屋で、お酒を飲んだ。もうあと数日で、本番。心地よい疲れもあってか、割としたたかに飲んだ。銀杏さんは、日本酒を飲んでいた。顔が赤い。なんとなく、しなだれかかるように、銀杏さんが、身体を寄せてきた。金髪から、タバコのにおい。

「やらないの?」

もともと、そういう関係になっている人となら、多分疑問に思うこともなく致していたと思うが、無理してやらなければいけないような気持ちはなかった。


代わりに、転移の話をした。

笑われるかと思ったが茶化されることもなかった。どうしてだろう。誰にも話したことがなかったのに。

自分自身が本当は誰なのか、探りたいと思ったこともないわけではないが、肉体的特徴を一切持たないし、親の記憶を持っているわけでもないので、探しようがない。いつも、男性にばかり転移するから、自分が男性だと思い込んでいるけど、本当の意味では、性別すら分かってない。性別は肉体的特徴の最たるモノだ。自分は、男性にばかりなるから男性だと思い込んでいるだけの、無性なのかもしれない。

今まで、何人もの人間の中に入ってきた。数時間のこともあれば、長いと、数年。超人気アイドルや、俳優、プロスポーツ選手、お笑い芸人、Youtuber、などなど。転移している間は、人格は、自分のものだけになる。宿主の精神は、どこかに行くのか、宿主と会話をしたことはないからわからない。

転移後は、まず、見慣れない景色で戸惑う。鏡を見て、身分証明書を確認し、自分が何者かを把握する。スマホは、現代が誇る、最高の個人情報ツールだ。プライベートな人間関係のデータも入っている。どれだけセキュリティを高めても、指紋認証や顔認証だったら、僕にとって、まるでセキュリティに意味がなくなる。パスワードの方がよほどやっかいだ。肉体情報は本来、最大のセキュリティなんだろうが、盲点だ。

それでももちろん、トラブルがなかったわけじゃない。

90歳のじいさんの中に、2歳児の精神が宿って、ただニコニコしたりわめいたりしたこともあったかもしれない。ボケが進行した、幼児退行だ、と思われていただけだったら、とりあえず実害はないだろうが。

7年目(精神年齢7歳?)くらいから、なんとなく記憶があるが、50代の会社役員になったり、さすがにどうしたらいいのか分からなくて、このときは、ママに泣きついた。(幸いにして、そういうことが許される家庭だった)

転移に、僕の意志は、介在しない。気づいたら、その人の中にいる。

ただ基本的に、一度転移して入った人には、二度行くことはなかった。


酔った上での戯れ言。そう受け取ってくれたのか、銀杏さんは、「笑わないよ」と言って、がははと豪快に笑った。笑ってんじゃねえか。

酔ってる。酒が入って、頬が真っ赤っかだった。

「おてもやんじゃん」

鏡で自分の顔を確認して、銀杏さんは、そう言った。オテモヤン?

タバコを消す。ピースの香り。

「見た目は金髪ギャルだから、おてもやんというより、おてもヤンキーたいね」

言うだけ言うって、がははと笑うと、満足したのか、寝た。

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