第19話:懐かしの波長
ミレイが顔を出した洞窟から数十キロ離れた奥深い洞窟に、全身に深い傷を負った氷狼が進化した巨大な神狼(フェンリル)が横たわっていた。
目は虚ろで、全体に覇気がなく、放っておけば遠くない未来にその命を散らすことが想像できた。
彼は数十日前に、ミレイをあの洞窟へと運び込み、自分は追跡してくるエルフの魔法師団にたった一人で立ち向かっていた。
エルフの魔法だけでなく、彼らの連れているワイバーンも低級とはいえ竜の仲間であり、十騎以上の竜騎士を相手とするのは、流石に無理があった。全身をボロボロにされたが、それでもなんとか一週間ほどで全てを倒し終え、主の待つ洞窟に戻ってきた時には、その姿を見つけることができなかった。
あの時の主も、今の自分のように魔法回路や魔臓はズタボロで、例えゴブリン一匹であっても、対処できたか難しいと考えると、既に魔物に連れ去られたと考えても仕方なかった。
それから一月ほど主を求めて周辺を探し回ったが、その姿を見つけることができず、先程の洞窟を見つけると、その場に蹲り、弱った身体を横たえ、その身が朽ち果てるまでここにいようと決めていた。
そんな微睡みの世界に囚われた神狼の胸に、ある日突然懐かしい光が灯った。
それは一瞬で、とてつもなく儚いものだったけれども、彼にとっては自分の一生を捧げた相手の魔力に間違いなかった。
彼はカッと大きく目を見開き、全身に魔力を張り巡らした。ここでこんなことをしている暇などない。
あれは間違いなく主のものだ!
主は生きている!弱っているけれども、間違いなく生きている。だったら私のすることは一つだけだ。
彼は今いる洞窟を飛び出し、かつて主を残してきた洞窟に一目散に駆け出した。
ーーー
「どうしたの?大丈夫?痛いの?苦しいの?」
矢継ぎ早の瑠夏の言葉に、ベッドに寝かされたミレイは静かに首を横に振ると、泣き笑いのような顔を見せながら、瑠夏の質問に答えた。
「魔素を感じたの。魔素が身体の中に染み込んでくるのが判ったの。私はまた魔法が使えるんだよ。あ〜ん!」
ミレイは瑠夏に縋り付いて大泣きし始めた。自分が魔導師として生きていくことを諦めていた彼女にとって、これ以上の朗報は無かったのかもしれない。
瑠夏は黙ったまま縋り付くミレイの頭を撫で続けていた。
一頻り泣いて落ち着いたミレイに、瑠夏はこれからのことを告げた。
「じゃあ、これからはリハビリだね。しばらくの間は、毎日今日行った所に行って魔素を身体に取り入れよう。そしたら、吸収できる魔素の量とかで魔臓がどれ位ダメージを受けてしまったのかとか、回復してきいるかどうかが判るかもしれないから。」
ミレイはその言葉に、満面の笑みで大きく頷いた。
「じゃあ、お昼を食べてからもう一度外へ出てみようか?」
「はい!でも、お昼もあそこで食べてみたいです。」
「それ!良いかもしれない!」
お昼はマクロナルトをデリバリーで注文してリュックに詰め、食事をするための簡易テーブルを持って玄関まで来ると、先程と同じように携帯LEDライトをドアの隙間から転がした。そして、ドアモニターを確認すると、目の前に巨大な獣の顔があった。
「うわぁ!」
瑠夏は驚いて尻餅をついてしまった。
「どうかしたのですか?」
「ヤバい!ヤバい奴がいる。巨大な獣、獣型の魔獣?とにかくヤバい!」
それを聞いたミレイは扉の前に立ち、背伸びをするようにドアモニターを覗き込んだ。そこにはただの壁にしか見えないはずなのに、睨みつけるように見つめる巨大な神狼がいた。
「白夜!」
そう叫んで、ミレイは自分で玄関の鍵扉を押し開けると、外へ飛び出していった。
「はぁ?知り合いだったのかな。」
瑠夏には、そう考えることしかできなかった。
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