第16話:アストレア2

「人族は、魔物や魔族の魔臓にある魔石を胸に埋め込むと、一部の人間は魔法が使えるようになることを発見してしまいました。そして、魔物より魔族の魔石の方が成功率が高いと判ると、彼らは魔族を追放した島へ群がって、弱者や老人、女子供くらいしか残っていなかった集落を片っ端から蹂躙して、その魔石を集め始めました。パパやおじさまが気づいた時には、もう島には一人の魔族も残っていなかったみたいです。エルフやドワーフ、妖精種には魔石がありませんが、そんな人族や獣人族と比較すればかなりの量の魔力を持っていたから、すぐに抗争には発展しなかったんだけど、奴らはそれを克服する為に、埋め込む魔石の数や質を高めるために、魔物の繁殖に手を出したんです。より魔力の高い魔物を作り出すこと、その数を増やすことに力を入れ始め、国策として、手に入れた魔石を生まれた赤ん坊全員に移植し始めました。当然、それに適合できずに死んでいく子供達も数多くいたけど、三割くらいの赤ん坊がその試練をくぐり抜け、魔力を持つようになりました。エルフやドワーフの人達が、パパの言葉に耳を貸し始めた時には、人族の中にはエルフやドワーフ並みの魔力を持つ人が増えていて、その結果に後押しされたのか、一人の皇帝が獣人族と一緒になって、他の種族に戦争を仕掛けたんです。それが今回の戦争です。」


それだけ喋り終わると、ミレイは俯いて黙り込んでしまった。


かなり重たい内容に瑠夏もどう答えて良いか判らず、しばらくの間はお互いに口を開くこともなく、部屋は沈黙が支配していた。どうにか重たい口を動かしながら、ミレイが言葉の続きを発した。


「パパもおじさまもいない今、本来なら精霊の巫女である私が皆を引っ張っていかないといけないのだけど、魔法が使えなくなった私では、荷が重すぎるの。」


消えてしまいそうなミレイの存在が心配になり、瑠夏も言葉を選びながら返した。


「もし可能なら、ミレイちゃんが魔法を使えなくなった理由を教えてくれないかな?僕にもお手伝いできることがないか知りたいから。」


ミレイは俯いたままボソボソと話し始めた。


「都市で暮らしていた攻撃力を持たない人達は、パパの指示に従って、既にエルフやドワーフの王国へと避難していたから、都市の維持の為に最後まで残っていた人達や神殿の関係者を私の管理する森の祠にある抜け穴を使って逃がすことが私の役目だったんです。でも、みんなを逃がしきる前に奴らが攻めてきたので、私が殿(しんがり)を務めたんだけど、あまりの圧倒的な部隊を前にして、無理は承知で、魔臓を開放して大気中の魔素と連結させて、神級魔法や災害級魔法を連発したの。」


「魔法を知らない僕が聞いても、それってかなり無理なことだと思うんだけど、反動とかなかったの?」


瑠夏の問いかけに、ミレイは静かに首を縦に振った。


「私の魔臓はボロボロになり、 魔素を吸収することも、魔力を生み出すこともまともにできなくなりました。ハーフリングのおじさまに助けられた時には、人間の子供より無力だったと思います。一ヶ月ほど養生しても、私の魔臓はほとんど回復していませんでしたが、とりあえずパパと合流して、ゆっくりと養生することになり、合流場所であった第三砦へと向かったのですが、そこで私達はエルフとドワーフの裏切りを知り、パパは・その時・・仲間を・・護るために・・・・、それを聞いた私は・・・」


「もういいから・・それ以上話さなくて良いから・もう判ったからね。」


泣き崩れるミレイを、今度は瑠夏が抱きしめていた。


涙を止めることのできなくなったミレイは、その後小一時間ほど泣き続け、落ち着いた頃には、窓の外には茜色の宇が広がり始め、レインボーブリッジや高層ビルの明かりが灯り始めていた。


「お腹空いただろ?夕飯にしようか?ウンバーや手前館だと少し遅くなるから、今日は僕が作るね。」


そう言って、瑠夏は台所の方へと移動し、一人残ったミレイは胸に手を当て、何も感じることのできなくなった魔臓に思いをはせていた。


(何も感じない。どんな世界でも魔素は存在するはずなのに、今の私には何も感じることができない。神様はこんな私に何をさせようと言うのだろう。私にはおじさまのような武術も知恵もない、ただの魔法バカでしかない私は、いったいどうすれば良いんだろう?)


そんなことを考えながら、どんどんと闇に侵蝕されていき、人工の光に包まれていく夜景を眺めていた。


(この世界の人は、魔法を使うことができないけれど、自らの力でこれだけの文明を生み出している。魔法を使えなくなった私にもできることはあるんだろうか?判らない。判らないよ。)


「ご飯が準備できたよ。今日はハワイアン風ハンバーグステーキと、シーザーサラダ、コーンポタージュスープとクロワッサンにしてみたよ。口に合うかどうか判らないけど、召し上がれ。今日のジュースは、僕のお気に入りのオレンジとグレープフルーツとアップルのミックスジュースにしてみたから、後で感想聞かせてね。」


目の前に並べられた王宮料理に勝るとも劣らない圧倒的な存在感を前に、ミレイは言葉を失った。


「いろいろと悩むことはあると思うけど、まずは体力を回復しないとね。」


そんな瑠夏の言葉が、ミレイには非常に有り難かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る