第12話:仲間1
「おはようございます。」
部屋に入ってきた時に聞こえてきた可愛らしい声に驚いて、瑠夏は手にしていたお湯とフェイスタオルの入ったバケツを落としてしまった。
「えっ?えぇぇぇぇぇ!日本語喋れるの?」
意識が戻ったこと以上に、幼女が日本語を話したことに衝撃を受けた瑠夏だった。
慌てて雑巾を持ってきてフローリングに広がってしまったお湯を拭き取り、バケツにお湯を溜め直しながら、瑠夏は頭の中でありえないはずの現実を必死になって分析するが、グルグル回るだけでまともな解答は得られなかった。
(そもそも地毛が淡い紅紫の人間っているのかな?赤毛とかオレンジ色に近い髪は見たことあるかもしれないけど、紫色の髪の毛なんて白髪の髪をその色に染めたお婆さんくらいしか知らないぞ、しかも瞳も赤いなんて、アニメにしか存在しないだろ)
これは直接聞くしかないなと決意した瑠夏は、なるべく相手を怖がらせないようにと、できるだけ気を配りながら幼女に訊ねた。
「大変だったね。もう身体の方は大丈夫かな?しんどかったらまだ無理には答えなくて良いから、幾つか質問しても良いかな?」
相手を気遣う瑠夏の思いに応えたのか、壁に持たれるようにベッドに座り直した幼女は素直に頷いた。
「はい、私に判ることであれば全てお答えさせて頂きます。」
(なんて丁寧な日本語を喋る幼女なんだ。こんな言葉は、同級生にもいなかったぞ)
「始めにお名前を教えて貰えるかな?これから暫くは、この部屋で養生して貰った方が良いと思うから、名前は教えてもらった方が、これからの生活にも役に立つと思うからね。」
その言葉を聞いた幼女は、大きく見開いた赤い瞳から大粒の涙をポロポロと溢し、泣かしてしまったと思った瑠夏は、慌ててしまいしどろもどろの言葉しかかけれなかった。
「ち、違うからね。いくら可愛いからといって、キミを無理にここに閉じ込めるつもりなんて全く無いからね。あ、あくまでも君の体調が戻るまでだからね。それからはキミの自由にして良いんだからね。」
その言葉を聞いた幼女は、面白そうに口元を緩め、そして演技に入った。
「わ、私は身体が良くなったら、この部屋を出ていかないとダメなんですか?」
「ち、違うからね!この部屋にはキミが居たいだけ居ても良いんだよ。身体が治ったから追い出すなんて、そ、そんなことは絶対にしないから安心してね。」
既にこの勝負は、幼女の圧勝だった。これまで精霊神の神子として、小さい頃より種族の代表の娘を務めていた彼女にとって、引きこもりのニートなど取るに足らない存在だったのかもしれない。
しかし、あまりにも予想外にスムーズに事が運んだ彼女は、逆にこの人間のことが心配になってしまった。
「はぁ、お兄さんって、人が良すぎるとか言われたことないですか?」
ボロボロの幼女に、まさか自分のことを心配されるとは思わなかった瑠夏は、この一言に素直に反応してしまい、幼女に話す内容ではないのに、これまでのことをありのままに話してしまった。
その話を聞いた幼女は激怒してしまった。そして、聞かせたい相手はいなかったが、その口から瑠夏の周りの親族連中への罵詈雑言が飛び出していた。
「な、何なんですか!ありえないでしょ!目の前で両親を殺されて呆然としている人間に、寄って集って自分の都合の良い事実をでっち上げて、財産を全部毟り取るなんて、地獄の餓鬼畜生にも劣る連中じゃないですか!この世界の神様が、そんな連中を野放しにしてるなら、私が代わってそいつらを燃やし尽くしてやるわ・・・」
更に言葉を続けようとした幼女は、それ以上言葉を続けることができなかった。
激怒する幼女のことばを聞いた瑠夏の両目からは涙が溢ふれ、彼は思わず幼女にしがみついて声を上げて泣いた。
突然のことであったが、幼女は慣れているかのように泣きじゃくる瑠夏の頭を小さな手で撫でながら語りかけた。
「そうなのね。今まで涙さえも流さずに耐えてきたのね。よく頑張ったね。良いのよ。思いっきり泣いていいの。人はね、我慢しすぎると精神(こころ)が壊れちゃうの。泣くことも大切なんだよ。」
頭を撫でられながら、瑠夏はあの事件以後初めて泣いた。自分の中に溜まっていた思いを全て洗い流すように泣きじゃくった。
幼女にしがみついて泣きじゃくる良い年した少年ということを除けば、それはとても感動的な場面だった。
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