第11話:目を開けたら知らない天井だった

同胞を守りながら必死に辿り着いた砦では、仲間だと思っていたエルフやドワーフが人間へと寝返り、安心して休んでいた父の部下達を隷属の首輪で拘束し、それに逆らった父が、全身から血を流して龍を拘束する為の従魔の首輪をつけられて転がっていた。


おじさんは、同族の子供を人質に取られて人間の男に囚えられ、その場から逃げる為に白夜は私を背負い、多くのワイバーンやエルフと戦い続けていた。私は力を使い果たし、何もできずにただ白夜の背に乗せられていた。


ミレイは、そんな場面が延々と繰り返される夢を見続けていた。あれは本当に現実だったのだろうか?


目の前の天井は、小さなオレンジ色の灯りに照らされて、ベッドから動くこともできないミレイにも、周りの状況を観察することが可能になっていた。更に状況を把握しようと彼女は灯りの魔法を使用した。


「灯り(ライト)」


何も起こらなかった。薄々気づいてはいた。胸の中にポッカリと穴が空いたように、魔素を一切感じ取ることができなくなっていたから。


私の魔臓は壊れてしまった。


白夜に背負われて逃げている時にも何度か魔法を行使しようとしたがすべて不発に終わったことから、自分の魔臓に不具合が生じていることは理解していた。ただこれまでと同じように一時的なもので、時間が経ち、体力が回復すれば、いつものように魔法が使えるように思い込んでいた。


この身体では魔法は使えない。父を助けに行くことも、おじさんの力になることも、今の私には叶わぬ夢でしかない。


ごめんなさい。みんなごめんなさい。私にはみんなを護るための力がなかった。こんな情けない神子でごめんなさい。


夢か現実か判らない世界に囚われて生きることを諦め始めた頃に、ミレイはこれまでと全く違う夢を見た。


ーーー

目の前の真っ白な空間に一人のゆったりとした白い着物に包まれた人型の存在があった。


(…精霊神様?)


その存在はゆっくりと彼女に近づくと、顔を覗き込むように見つめた。


(キミも私と似たような経験をしたのかもしれないね。眼に光の欠片もないよ。生きているのか死んでいるのかも判らないような哀しい目だよ)


その神様のような存在は、男性のようにも女性のようにも見えたが、とても優しい目をしていた。透き通った水色の瞳に群青の睫毛を持った目は、私の心の奥深くまでを見つめているようだった。


(今は辛いかもしれないけど、死んでしまえば解決するとは思わないでね。キミが死んでも、何も変わらないからね)


そんなの判ってる。判ってても何もできない自分が悔しくて、辛くて、どうしたら良いのか判らないから、こんなになっちゃんたんだろ。何もなかった心の中に、この神様みたいな存在に対しての怒りが湧いてきていた。単なる八つ当たりにしか思えないけど、私は思わず言葉に出してしまった。


「じゃあ、私はどうすれば良いんですか?魔法しか使えない私が、魔臓を無くして何をしろって言うんですか?黙って殺されれば良いんですか?」


両目からポロポロ涙を流しながら、睨みつけるように言葉を吐く私を見て、彼?は微笑みながら言葉を返した。


(やっと感情が少し蘇ったね。さっきのそれは無謀と言うんだよ。今の自分にできる最善のことは何かと考えて、立ち止まらずに行動することこそ大切なんだよ。今のキミには身体と精神を休ませる為の時間が必要だよ)


納得はできなかったが、怒るだけの元気は戻ったような気がした私は、彼の言葉を否定できなかった。


(もうしばらくするとキミは目を覚ます。時間は十分にあるからね。決して焦らないようにね。無理してまた精神(こころ)を壊したら、次は戻れるか判らないからね。これは僕からの細やかな祝福だよ)


そう言って彼は自分の人差し指を私の額に当てると、小さな光が私の身体の中に入ってきたのが判った。

(ここはどこ?私は今どこにいるの?)


ミレイが目を覚ますと、視界には領主の館のように整えられた天井と、魔道具と思われる見知らぬ形の証明器具があり、部屋の中は暑くも寒くもなく、乾き過ぎだりベタベタしたりもしない快適な空間が広がっていた。


どこからともなく心地よい曲が流れ、それを聞いているだけで身体が癒やされるように思え、眠気を誘われた。


自分に注意を払うと、見たこともないほど柔らかな白い大きめの良い匂いのするワンピースを着せられ、左腕には管が刺され、スタンドに吊るされた透明のバッグから液を注入されていた。


(ポーションなんだろうか?少なくとも毒みたいに悪いものではなさそう。それになんか心の中に澱んでいたものが洗い流された感じで、なんかスッキリしたような不思議な感じがする)


そんなことを考えながら、ボーッとしていると、部屋に誰か入ってくる気配を感じた。


(あの時の、私をこの部屋に運んでくれた人なのだろうか?えっ?精霊神様?ん!違う?気配は似てるけど、精霊神様じゃない。ここは精霊界なの?シンクロのスキルを使って、直接チャンネルを繋いでも怒らないかな?それが一番理解しあえると思うし。よっぽど怒りんぼじゃない限りは、大丈夫だよね)


依然として自分の身体の中に魔素を感じ取ることはできなかったが、リンクするのに魔力は必要としなかったので、その考えのままにミレイは部屋に入ってきた存在にアクセスした。


「きゃぁぁぁぁぁぁ!」


流れてくるあまりの情報の多さ、多様さにミレイは悲鳴を上げてしまった。これまでも精霊神様を始めとした精霊や、神獣などにアクセスしたことはあったが、ここまで雑多で、理解の及ばない情報は覗いたことがなかった。


その情報量はミレイのキャパシティを超え、彼女はそのまま意識を失った。


ーーー

「び、びっくりしたぁ!突然悲鳴を上げるなんて、怖い夢でも見たのかな?あまりにも突然だったから、頭をハンマーで殴られたみたいだったよ。ホントにビックリだよ。」


片や、もう一方の当事者の瑠夏は、ミレイのシンクロで生じた衝撃を、ただ悲鳴に驚いたからと理解しており、大した問題とは考えてもいなかった。


瑠夏はもともとネット小説の異世界をテーマにした小説が好きで、好んでというよりひたすら読んでおり、異世界や魔法、精霊や亜人、魔物や魔王など多くの情報が架空の物語として、頭の中にインプットされており、シンクロによってミレイから彼女の世界の情報が入ってきても、記憶や知識が大きく混乱することはなかったと言えるのかもしれない。


(とりあえず良い方向に考えれば、大きな悲鳴をあげれるほど、体力が回復してきたと考えるしかないな)


などと考えながら、少女が目を覚ました時に恥ずかしくないように、せっせと洗濯や掃除、部屋の片付けを行っていた。


これまでは、ジャンクフード中心の食事で、殆どがデリバリーに頼ったものであったが、流石に幼女にジャンクフードはまずいと考えて、もともとしていた自炊の生活を復活させようと、ネットでクラシラや他の料理レシピを研究することも忘れなかった。


ミレイが目を覚ましたのは、翌日の朝だった。その頃には彼女の脳内情報整理がある程度完了しており、日本語の理解もかなり進んでいた。


驚くことに既に簡単な日常会話であれば可能な状況となっていた。

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