第65話 過去を思い出す **
二〇〇五年新緑が眩しい五月。
四〇年前の事を……。
洋子は最近昔の五歳の山下家に引き取られた日の事を、頻繁に、断片的に、思い出す。
小森は柳川会組長にまで上り詰め義弟の矢島組長他大勢の組を傘下に収めていった最大派閥のトップだ。そして…鈴木組もその一つだ。
元ヤクザの牧師で「こうふく園」の現理事長は鈴木組と縁を切りたいが、昔の恩もあり仕方なく懇意にしている為、実質上鈴木組長がこの「こうふく園」を裏で仕切っている。
洋子の両親は、まさかヤクザがバックで仕切っているとは露とも思わずキリスト系養護施設「こうふく園」で洋子を養子縁組していた。
洋子を養子縁組するために「こうふく園」にやって来た三〇代位の上品な、いかにも裕福そうな家庭の御夫婦の姿が有る。それが現在の洋子の両親なのだ。
そこには麻衣子の娘洋子の戸籍を売り付けた賢介の姿もある。
問題が起きた時の生き証人として、立ち会ったのだ。
そこに跡をつけて来た麻衣子が半狂乱で「こうふく園」に入って来た。
いち早く問題が起きると判断した小森が、その三十代の洋子の両親になる二人を、素早く隣にある立派な施設の応接室に案内して事なきを得た。
実は…この後思わぬ事態に直面する。
🔶🔷🔶
「洋子は?洋子は何処?あなた言いなさいよ~!ワァ~~ン😭ワァ~~ン😭」
小森が「何を言っておられるのですか?洋子という子など…どこにもいませんよ?」
刃物を振り回して麻衣子は賢介に突進してきた。
「何するんだ」素早く避けたので大事には至らなかった。
それでも麻衣子は興奮状態「洋子は何処?洋子は?」
その時いと(洋子)は、両親に引き渡される為に別室に待機していた。
「おい!この女やっちまいな!」
その時、別室にいたいとは、おとうの声と名前を聞いて(確か?昨日の夜おとうは殺された筈?)疑問に思ってこっそりほんの少し扉を開けた。
「ゴロウやれ―!」
「ハッヘイ?おっお俺はこここんな事!」
「つべこべ言うんじゃない!」
おとうは、何の関係もない人間を殺す事に躊躇して、手が出せずモタモタしている。
すると小森が、おとうに刃物を向け「殺されたくなかったらヤレ!」と、恐ろしい目付きで脅している。
当然言葉はサンカ言葉で話している。小森はサンカの言葉を話せる。 その時、いとが慌てて叫んだ。
「おとうやっちゃダメダメだ——!」
いと(洋子)は夢中で叫んだ。
「おい!このガキ邪魔だ!あっちに連れて行きな!」
そして…その隙にゴロウは咄嗟に麻衣子を刃物で刺そうとしたが、やっぱり出来ない。こんな極道の事カ――ッとなったら、いとにどんな危険が及ぶとも限らないと思い、間髪入れず心臓を一突きにして刺そうと思うが出来ない。
「今日中に引き渡す約束なのに…もう役にも立たない銭ばかりタカルこんな男消せ———!死体も一緒に処理できる!」そう言って父ゴロウを、殺害しようとしている。
洋子はただならぬ気配に、子供心に感じる胸騒ぎ!
サンカのすばしこさで若い衆をすり抜け、父の元へ急いだ。
「おとうに何する!!!」とっさにおとうを助けようとパーテイションを倒した。
いとは母、兄弟とも離れ離れになり、おとうだけが頼り。
グズグズごねる、いとに困り果てている。
山下家からたっぷりの支度金も頂戴していている身、山下夫婦も一刻も早く洋子を連れて帰りたいばかり、せかしてやっとの事、この日を迎えたのだった!
五歳にしては途方もない重さ、でもそこはサンカ、屈強な腕力が有る。
又どんな事をしても父を助けなくては!と尋常じゃない力が働いたのかも知れない。
若い衆の一人に当たり、頭から血を流し崩れるように倒れた。
「アッ大変死んでしまったかも…」それでもそんな悠長な事は考えていられない。父の一大事!おとうの前に仁王立ち!
だが、若い衆に目を塞がれ、一瞬に父は首の動脈を切られ血が噴き出して地獄絵図と化した。
そして…麻衣子も一瞬にして心臓を一ツキにされて殺害された。
「ギャア————!」
おとうは首から血を吹き出しながらその場に崩れ落ち、無残に死んでしまった。そして…麻衣子もバタリと倒れ息絶えた。
辺り一面血の海に…凄惨極まりない現状となった。
洋子が見ていないと思ったら大間違い!しっかり見えていた。
「キャ————————!」辺り一面血の海と化した。
(ああああああああ!許せない!許せない!許せない!)
洋子はあの日の事件の輪郭を、ハッキリと思い出して来た。
洋子が度々幻覚に脅かされていた正体が、今はっきりと甦ってきた。
🔷🔶🔷
それでは、こんな事件が起きる発端となった事件とは、何だったのか?
実は母が自分と子供達を売り飛ばした事に我慢できず、売られる前日の夜父と母が凄い喧嘩をしていた。
実は…サンカの女たちは売春で生活している場合が多く、サンカは売春婦という意味でも使われた。
そんな事情もあり、絶世の美女の母は甲斐性なしのゴロウでは飽きたらず、お金や物欲を満たしてくれる頭とも通じていた。それは、母が仕向けたのではなく強引に、頭の女にされてしまった。
また、サンカは人目も憚らず自分を最優先するので、誰が見て居ようがお構い無し。自由奔放にセックスを楽しんでいた。
このような経緯から、その交尾を目の当たりにして、美しい母が頭とも通じている事に散々苦しめられ、嫉妬した挙げ句、大金を積まれ売り飛ばしたのだった。
「売り飛ばすだと~?ちゃんちゃらおかしい!バイタが―!お前が近場の村人とやっていることぐらい皆知っている!」
「仕方ないじゃないの。色んな物貰うためじゃないか。アンタだって子供の出来ない村人夫婦の女房と好き放題やっているじゃないの?」
昔は奥深い山奥の村人は病気になってもおいそれとは病院にも連れて行けず、病気で亡くなる子供や、子供が授からない夫婦の事で頭を抱えていた。
人口の減少を危惧して、やむを得ず屈強な身体能力と腕力を持つサンカと定期的に性交を交わしていたらしい。
「お前がサンカのカシラと通じている事ぐらい皆知っている。このバイタが!子供だって誰の子か、分かったもんじゃ無い!」
「仕方ないじゃないの。生きて行くためには…」
そしてあの夜、サンカの頭からゴロウはコテンパンな目に合わされていた。
「大切な女をよくも売り飛ばしたな!こいつを痛い目にあわしな!」サンカの男衆から父のゴロウは袋叩きに遭った。
ヨシ子もお金の為に自分と可愛い子供達を売り飛ばした、このゴロウが憎くて!憎くて!ゴロウの腹を焼け火箸で思い切り突き刺した。
カシラも関西有数の暴力団に売られる羽目になった愛するヨシ子達を助ける術など到底ある筈がない。
サンカ諸共皆殺しに遭うのが落ち、そしてゴロウは頭の逆鱗に触れ河原に流された。
まさか、そのおとうが生きていたとは?
その時洋子はまさかと思い、父のいる場所に駆け出して行った。何故、こんな所に父が?
あの夜ヨシ子を貰い受けるために、小型トラックを走らせていた柳川組の若い衆だったが、まだ歩道も整備されていない時代、大阪から岐阜県と長野県の県境に行くには途方もない時間がかかった。
その為前日の夜に車を走らせていると、土左衛門が川に浮かんでいるではないか?引き上げて見るとまだ生きている様子。
そしてまだ三十前後の若い綺麗な男、柳川会の捨て駒として利用される事となったゴロウ。
だが、このゴロウ見た目は良い男だが、何をするにも小心者で気が小さい。ヤクザの世界では使いものにならないと判断され消された。
今麻衣子は子供の安否を案じて半狂乱状態(中国に売り飛ばされた 子供の事や、戸籍の売買を知られては大変!ましてやこんな半狂乱の女など生かしておいては?)
洋子は母、兄弟とも離れ離れになり、おとうだけが拠り所。
グズグズごねる洋子に困り果てている。
山下家からたっぷりの支度金も頂戴していている身だ。山下夫婦も一刻も早く洋子を連れて帰りたいばかり、せかしてやっとの事、この日を迎えたのだった。
小森も焦っている。
「今日中に引き渡す約束なのに!もう役にも立たない銭ばかりタカルこんな男消せ———!死体も一緒に処理できる!」
こんな経緯で麻衣子と父親ゴロウの死に様を見せ付けられた洋子は、そのショックから記憶が曖昧になってしまった。
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