第61話 キヨシの生い立ち ⁂*⋆*
二〇二〇年山桜が咲き誇る四月中旬、岐阜県と長野県の県境を目指すキヨシと妻里美 🌸*⋆*
放浪民サンカのキヨシが、最後に移り住んだ地に妻里美と向かうキヨシは、自分がサンカ【カンジンとも呼ばれていた「五木の子守唄」の歌詞に「おどまかんじん」という「かんじん」は物乞いをして歩く人の事を意味している】だという事は、妻には話せずじまい。
昔まだ三歳頃まで住んでいた微かな記憶を頼りに、奥深い山奥の河原のせせらぎが何とも清々しい放浪の地に降り立ったキヨシと里美。
サンカは何故、河原と木々が生い茂った場所を選んで移り住んでいたかというと、水は何にも代えがたい命を繋ぐ資源だ。そして…生活を脅かす人間たちが押し寄せて来た時に、その木々の生い茂った場所に身を隠す為に、そんな場所を選んで移り住んでいた。
あれだけ手付かずの美しい自然は今やダムが建設され、お店が立ち並ぶ観光地となっていた。道路は舗装され昔の面影などどこにもない。
妻里美にサンカだと話せば全てが壊れてしまうのでは?不安が押し寄せて来たが、意を決して妻に全てを話したキヨシ。
現在キヨシ六十二歳、里美七十七歳中高年カップルだ。
そして山本清輝の成りすましである事も、もう老い先短い二人はどんな結果になろうと、偽りのままで死を待ちたくなかった。
里美は「サンカってな~に?」ぽか~んと口を開けている。そして全て白日の下に晒されたのだった。
「まあ~そうなの?」
そんな話を聞いてもピンとこない里美はスマホを取り出し調べている。里美の顔色が、見る見るうちに変わったが……?
「今更そんな話をされてもどうしようもないじゃないの~。昨日までのあなたは私の中で死んだわ。あんなに綺麗で女性を狂わさずにはいられない魅力の塊のあなたが、ホスト時代には日本国民男性全員の敵とまで言わしめたあなたが、どうして時折言いしれない暗い表情をするのか?ズ~ッと疑問だったの。きっと山本清輝の成りすましの原始人のような生活をしていた自分を恥じて、自分とかけ離れた正反対の自分を懸命に演じようとしていただけなのね。時折見せる暗い影の正体が分かった気がする。必死で隠そうとしていたのね?そして…演じることに疲れ切っていたのね!何故、そこまでして上り詰めたかったの?」
「里美お前のように、全てにおいて恵まれたお前には分からないさ?山奥にいた時も、売られて逃げ出し街を彷徨っている時も、俺に向けられる眼差しは、同情や哀れみもあったが、それはまだ良いとして…大概の人は、慈悲のある優しい眼差しなど皆無で乞食どっかへ行け!汚い傍に寄るな!その挙句は足蹴にされ、石をぶつけられたり、蹴り飛ばされたり、どれだけ惨めでどれだけこの世を恨んだ事か、あの心底軽蔑した差別の目を子供ながらに絶対許せなかった!そして…見返してやりたかったんだ!ズ~ッと!それが何が悪いと言うんだ?乞食が幸せになって何が悪いんだ!」
「別に乞食とは言っていないわ。あなたもう虚勢を張るのは止めなさい。差別する人にはさせて置けばいいじゃない?あなたは…あなた自信は、薄っぺらなルックスだけの男じゃないわ。それは私が一番よく知っている。魅力に匹敵する努力も重ねて来たじゃないの。喫茶店もあそこまで大きく出来たのもあなたの努力の賜物。だけどね…誠や社員に全てを話しちゃ絶対ダメ!!人の考え方は千差万別だから…」
病院は誠が院長として切り盛りしている。
キヨシは全てを里美に話して、あと残された二十年くらいの時間を、人を見返す為だけに生きて来た時間を、そして…こんな身の上を散々恨んで費やした時間を、これからは生きて来た事を幸せに思える二十年にしようと強く思うのだった。
キヨシの世間を恨んで生きる事しか出来なかった人生を洗い流すかのように、春空の下、強い夕立がシャ――シャ――と降り注がれた。
すると…今度は空一面に半円を描くように、二人のその後を祝福するかの如く綺麗な虹が出来た。
二人は手を握り笑顔がこぼれている。
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