第7話 洋子は今

 

 洋子は、時折…ただの悪夢なのか、それとも…現存する過去なのか……。

 

 何か…河原と…林?

 すると…その光景は一瞬で消え……。


 今度は、何か…人間の皮を被った、ぼろぼろの格好をした動物と寸分変わらぬ、只々獲物を仕留める事しか考えられない、人間の皮を被った動物の目を持つ集団がふっと蘇って来るのだった。


(あの集団は一体何なのか?)


 二〇二〇年六月、洋子六十五歳は代議士夫人におさまり、自らも参院選に出馬して見事当選、婦人党を結成して党首におさまっている。夫は、北九州市小倉北区出身の永井太郎衆院議員。


 選挙区は福岡第十区。 先祖代々の地盤を引き継いだ当選五期の現在財務副大臣を歴任、司法試験合格後の司法修習生の時の同期なのだ。


 二年間の司法修習生期間に、茂との事を断ち切れずに悶々と暮らす中、太郎がグル―プで食事会や、あの頃はボ-リングブームで「一人足りないから来ない?」と自ら洋子の為に会を催してくれて元気を出させてくれた。


その甲斐もあり洋子は、すっかり元気になり知らぬ間に、無くてはならない存在になって行った。


 太郎は洋子を一目見た時から(何が有ろうとこの女は絶対離すもんか!) と決めていた。 そして……いつしか太郎の屈託の無い優しさに傷も癒え、三年の交際ののちに、一九八三年秋も深まった十一月二十八歳の花嫁となった。


 🔷🔶🔷

 茂と付き合っていた頃「日本の為に尽くしたい俺が法律家になったのもひとえに、弱者の声に耳を傾けたい、代弁者でありたい」 と聞いたことがある。


 正義感が人一倍強い茂は、更にこんな話もよくしてくれた。


「御爺ちゃんは、総理大臣も務めた事のある、頭の切れる人格者だったが、汚職事件にも関与するなど決してお金にはキレイな人じゃ無かったんだ。また、自分の不利益になる人物は排除するような冷たい男だった。その為企業からの収賄罪で起訴された時には、直近の部下達からの裏切りに合い、総理大臣の座を失脚させられ、惨めな最期だったんだ 。その為、父は御爺ちゃんを反面教師として、人を蹴落とし上り詰める事だけしか考えない、思いやりのない人間にだけはなりたくない。絶対お爺ちゃんの二の舞は踏みたくないといつも言っていたんだ。だから俺も人の気持ちを汲み取れる弁護士になりたいと思ったんだ」


  いつも熱く語っていた事を洋子も(この茂とだったら結婚して、私の過去の忌まわしい事件?事故?も全て打ち明けられる!理解して貰える!)と確信した。

 

 そして(この茂とだったら何が有ろうと、運命共同体のような物で強く結ばれる事が出来る)


 だが?突然茂とは連絡が出来なくなり、電話をかけても居留守ばかり、自宅におもむいても門前払い、 あの当時は散々恨んだが、一体何があったのかとうとう聞けず仕舞いで別れてしまった。


 洋子は、茂と別れた後この辛さを忘れる為に、この不条理な差別などを改正したい! 弱者を助けたい一心で、法律専門学校に通い必死に勉強に取り組んだ。


 🔶🔷🔶

 一九八一年のまだ肌寒い初春、 洋子が勉強に明け暮れている丁度その頃、茂の父勇が事件に巻き込まれ無残な最期を遂げていた。


 そして洋子は努力の甲斐もあり、見事に司法試験に合格した。


  あんな清廉潔白なお父さんが何故? あんなに父親の二の舞だけは踏みたくないと豪語していたのに? やはり権力と金を手中にしたいばかりに、何かとんでもない事に手を染めてしまったのか?あの頃がふと思い出されて、過去の懐かしい思い出が蘇るのだった。


  今思い返せば楽しい思い出ばかりが蘇る。 センチメンタルに浸る洋子だが、直ぐに現実に戻り女性の地位向上の為に、一役買って優秀な眠っている女性の能力向上の為に、今日も飛び回っている。


  そして…洋子は、日本屈指の無法地帯に女の細腕で、危険もかえりみず乗り込んで何とかこの現状を変えたいと強く心に刻んでいる。


 あいりん地区には、洋子の大切な人が……?

 だが?主人の太郎は「あんな所にあまり出入りするな!人様に見られたら恥ずかしい」

「あなた恵まれない人を助けるのが私たちの役目じゃないの?」


  太郎は、次期大臣ポストを手に入れるために躍起になっている。

 何か?とんでもない事件にでも巻き込まれて大臣のポストが、パ―になる事を恐れている。


  洋子は、太郎の反対をよそに、大阪府大阪市西成区のあいりん地区に頻繫に顔を出しているのだが、 実は頻繁にこのあいりん地区にやって来るのには、訳があるのだ。

  過去に殺害された、洋子の大切な人に関して聞き出せる唯一の場所がここなのだ。


 このあいりん地区には路上生活者も多く、又この地域は住所不定の労 者や、売春婦、更にはこの一体には暴力団事務所が多数点在している、日本屈指の無法地帯。

 それもこれも洋子には人に言えない秘密が……。

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