第1幕 推し=人生

第1話 推しの為の労働

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛もう限界っ」


 デスクに頭を打ちつけ、眠気を撃退する。


 これが……これが終われば家に帰れる。


「早く、早く終わらせるんだ」


 時計の針はとっくの昔に頂点を越している。


 オフィスに残っているのは私だけ……じゃない、先輩・後輩が数名、絶賛残業中。


 彼らの姿を横目で見つつ、再びPCと向き合う。


 終われば明日――既に今日だけど、漸く休み。


 もう何連勤目かわからない。


 数えたらしんどくなるだけだから、働き始めて数カ月で数えなくなって、私は26歳になりました。


 はい。


「んんんん、無駄なことを考えてる場合じゃないっ」


 小さく呟いて必死にキーボードを叩く。


 推しに会うために!


 入社してからブラック企業だと知ったこの会社。


 給料は悪くない。悪くないんだけど、異常に仕事が多い。


 残業が多すぎる。


 上司たちは私を含め、部下に仕事を押しつけすぎる。


 そんな滅茶苦茶な中でも頑張れるのは、推しのため。


 小さなステージで華やかに舞う推し。


 彼女が、彼女たちがいるから私は生きていられる。


 もうね、推しと家族が心の支えです。


 存在意義です。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」


 ですが、眠いものは眠い。


 仕方ないじゃん。ここ数日まともに寝てないんだから。


「あとちょっと……あとちょっと。頑張れ私」


 デスクマット一面に飾った推しとのチェキを眺め、気合を入れ直す。


「うっし!」


 奇声を発しても見向きもされないオフィスで、ただひたすらに、キーボードが壊れそうな勢いでタイピングする私なのでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る