第3話 かねことねおんの誕生日
来栖さんと神月さんは絶望に打ちひしがれた顔でベンチに座っていた。上がった状態から一気に下がったもんね、しょうがないよ。
Vtuberのデビューの準備が1か月以内に終わるとは思えない。前に見たサイトだと、Vtuberのデビューには4ヶ月前後かかると書いてあった。立ち絵を担当してくれるイラストレーターを探す期間、立ち絵を製作する期間、それを動かせるようにモデリングする期間とか、いろいろあるらしいし。
「終わった。一体どうすれば良いの?」
「わかってんならこうなってねーよ」
「煌莉、どどどうしよう」
「歌奏はまず自分で考えてから喋ろーね」
まあ、一応この状況を打破する方法を僕は知っている。あの人のことだし、簡単に承諾してくれると思う。
「あの、僕の知り合いにイラストレーターの人がいるんですけど、たぶんその人ならイラストの仕事請けてくれると思います」
「ほ、本当!?」
「はい。今から仕事を請けてくれるかどうか、電話してもいいですか?」
「よ、よろしくお願いします!」
そう言いながら、来栖さんは勢いよく土下座した。プライドとかないのか?
「それじゃあ、訊いてみますね」
僕はスマホを手に取り、あの人に電話をかけた。
「もしもし。うん、そうだよ。……いや違うから。仕事の話、Vtuberのイラストの仕事。さっきスカウトされたんだ、僕と歌奏が。まあね〜、歌奏のことを考えたらこっちの方が良いかなって。リア:Lifeって名前の。知ってる?まあそうだよね。それで、どうかな?うん。ありがと」
「てことはもしかして…」
「請けてくれるそうです」
「やっぱり、渡る世間に鬼はなしなんだね」
来栖さんが燃え尽きた様子で涙を流している。この人多分ギャグ要員だ。
「ん、うん。ちょっと待ってて。あの、そちらの事務所で直接あって話したいそうなのすが、何時くらいが空いてますか?」
「別に、何時でもいいわよ」
「にょ。いつでもいいって。ん、わかった。じゃあね」
「どうなったの?」
歌奏が少し喰い付き気味で訊いて来た。
「午後2時からそちらの事務所で、この件について話すことになりました」
「りょーかい。3時間後ね」
「歌奏はこのあと僕の家にきて。あと、親には『友だちと昼ご飯食べることになった』とでも言っといて」
「うん。わかった」
「それじゃあ解散かな」
そして僕たちは公園を出た。
「ねえ、どうして煌莉の家に行くの?」
「だってそこにいるから」
「え?」
―――――――――――――――――
午後2時、都内某所にあるリア:Lifeの事務所にて。
「という訳で連れてきました。僕の従兄の
「どうもこんにちは、或音輝亜と申します。こちらの業界では『
「よろs……、え、え、えええぇぇぇぇ!?!?」
来栖さんは驚きのあまりぶっ飛んでしまった。一体どんなシステムなんだ……。
「急にどうした」
「どうしたじゃないの、紫煙ソラよ!イラストレーター兼Vtuberの有名人なのよ」
「有名人って、そんなことないですよ」
「そのとおり!この人、最初は漫画家として活動していたのですが、内容があまりにもアレだったためにイラストレーターとして活動するしかなくなった人なのです!」
「煌莉、それ結構気にしてるから言わないで」
「あ、あの!『たばこスパゲッティ』の頃からのファンなんです!サイン下さい!」
「いいですよ」
「ぁっ」
その言葉を最後に、来栖さんは白くなり、膝から崩れ落ちた。
「来栖さんが逝った!」
「気にすんな、その内何とかなる。ていうか、なんでたばこスパゲッティ?」
「僕がたらこスパゲティのCMを見ている時に、『たばこスパゲッティ!!』って言ったからですね」
「そうなのか。あ、リア:Lifeの副社長の神月瑪瑙と申します。それで、仕事の件ですが…」
「それなら、もう描きましたよ」
「はあっ!?この短時間で?!」
「まあ、急ぎと煌莉から聞いたので」
輝亜は自身のバッグから封筒を4つ取り出した。
「その中に?」
「ええ。これがあなた方にのためのものです。で、残りが2人の分」
「ありがとう、輝亜」
「輝亜さん、ありがとう」
僕は封筒から紙を出した。
「ヴッ」
それを見た瞬間、目が潰れた錯覚をした。
「ど、どうしたの煌莉?!」
「性癖に刺さった」
「せ、性癖に……?」
「まあ、煌莉の趣味に合うように描いたからな」
「一体何なの……。煌莉の性癖って」
「……男の娘」
「……知りたくなかった。幼馴染みの性癖が男の娘だって」
「はぁ?男の娘のどこがいけないっていうんだよ。イケるに決まってんだろぉ!」
「わかった。わかったからもう落ち着いて。私が悪かったから」
「ん。まあ、人に自分の趣味を押しつけるのは良くない」
改めて自分の立ち絵(になる予定のもの)を見てみる。ど真ん中にでかでかと筆フォントで『暇』と書かれた白いTシャツ。その上には少し大きめの紺色の猫耳パーカー。シャツから垣間見える鎖骨。大胆な太もも。それを強調する黒の(超)ショートパンツ。無邪気さを感じさせる八重歯と、アクアマリンのように透き通った眼。少しボサついたな紺色の髪。どこからかにじみ出る陰気。そして男だ(ここ重要)。
名前は『
時々、僕が猫っぽいって言われるから猫モチーフなのかな。それに、猫にしたら『チョコとか玉ねぎとか猫だから食べられないんだけど』とか言うだろうから、猫耳パーカーになったんだと思う。
「歌奏のはどんな感じ?」
「あ、煌莉。このキャラすごく可愛くない?」
歌奏のを見てみると、そこには赤と白のスポーツウェアに身を包んだ美少女がいた。
「水色のシニヨンに、ピンク色の眼。どうしてこの色にしたんだろ」
「えっと、名前は『
「ってことは、モチーフはネオンサインかな?」
赤、白、ピンク、水色。どれもネオンサインの色だ。
イラストの横に書いてある説明には、『アイドルを目指して日々努力を積み重ねる少女』と書いてある。てことは、これは練習着なのかな?
「『夜明けのように、人々を照らす
「何それカッコいい!」
「もう一枚には何が描いてあるのかな?」
「これって……、私服?」
そこには、ルーズサイドテールの暁神ねおんがいた。服装は、トップスはオフショルダー、ボトムスはキュロットスカートという感じだ。
「……かわいい」
「ふぇ!?」
「ふぇぇぇ!?」
思わすず口から溢れた言葉に、歌奏が反応し、僕は叫んでしまった。
「表情差分から、私服姿、更には設定まで……。やり過ぎでは?」
「いや〜。従弟とその幼馴染みがVtuberになるって聞いたので、つい張り切っちゃいましたよ~。あと、お金は結構なので」
「2人はこれで良いのか?」
「はい」
「これが良いです」
「そうか。取りあえず、モデリングはこちらで行いますので」
「あの、どれくらいかかるんですか?」
「1日あれば十分だな」
「いち……にち?速くないですか?」
「まあな。ここのスタッフは変な奴しかいない。いい意味でも、悪い意味でもな」
「へ、へー」
輝亜は基本、モデリングをその道の知り合いに頼んでいて、大体半月くらいかかっている。それでも、ここのモデリングのクオリティには超えられない。それがたったの1日、いや、半日でされているなんて……。トンデモないところに来てしまったかもしれない。時すでに遅しなんだが。
「てことは、明日、僕たちはまたここに来ることになるんですか?」
「まあ、そうなるな」
「今日と同じ時間ですか?」
「ああ、手ぶらでいいぞ。……いや、ちょっと待っててくれ」
そう言うと、神月さんは一度退出した後、封筒を二つ持って戻って来た。
「これ、契約書とか大切な資料が入ってるからな。明日までとは言わねえが、なるべく早く出してくれよ」
「はい。わかりました」
「それじゃ、本日はもうお開きってことですか?」
「そうだな。高校生をずっとここに居させるのもどうかと思う」
「それじゃあ、このあと、私と神月さんで少し今後の付き合いについて話しませんか」
「そうですね」
「2人は先に帰っててくれ」
「りょ」
「それでは、また明日」
僕たちは事務所を後にした。
……来栖さん?そのまんまだよ。
―――――――――――――――――
「暗かったら雰囲気出てたのになー」
午後3時の空を見て呟いた。
「どういうこと?」
「夜のビル街を年頃の男女が2人きりで歩いている、恋愛モノの作品でありがちなシチュエーションみたいな」
「あるよね~、そういうシーン。夕方だったら友だちとの戯れみたいなのもあるよね。でも……」
「すっごい明るい」
真上に広がる青天井には、一切の雲がなく、太陽はこの地に光と熱を過剰供給していた。
「うん……。明日の集合時間、遅らせて貰えないかなぁ?」
「後で聞いてみるよ。それよりさ、家まで送っていった方が良いかな?」
「ううん。別に大丈夫。煌莉こそ、送られた方が良いんじゃない?」
「ん、ばかにしないで。小学生の時から変わってないなんてことないから」
そんなことを言ってみたけど、実際、歌奏の言うとおりだ。僕よりも歌奏のほうが力が強い。小学生の頃に痛い程思い知らされている。
懐かしいな。風呂場で何度押し倒されたことか。
でも、歌奏に危ない目に遭って欲しくはないから少し嘘をつく。
……それに、もし自分が夜道で男の人に襲われてめちゃくちゃにされるなんて想像したら……。
「……興奮してきた」
「ん?煌莉、今何か言った?」
「いや何も」
危うく幼馴染みに変なところ見られるところだった。暴漢に襲われる想像をして興奮している幼馴染みを見たら、この世に存在する人のうちの8割は引くだろう。
そんな感じで雑談していると、丁字路に差し掛かったところで歌奏が立ち止まった。
「煌莉。私、家こっちだから」
「そっか。それじゃあまた明日」
歌奏は手を振りながら家のある方向へ歩いていった。
……このやり取り、すごく久しぶりだな。小学生の時も、2人で公園で遊んだ帰りによくやってた。また、出来るんだな。
『ピロン♪』
「何、タイミング悪くない?」
スマホにメールが届いたみたいだ。せっかく思い出に浸っていたのに、最悪だな。
渋々LANEを開いて、メールを確認する。
「誰から……、って
僕は小走りで家のある方へ歩いていった。
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