第2話 仕事しろ社長

 不審者だ。怪しい勧誘だ。おそらく今までの会話を聞いていた。ここは丁重に断ってから自然に逃げよう。


「い、いえ。僕たちは個人で活動するつもりなので別に……」

「も、もしかしてこれってスカウトですか!?」

「そのとおりよ」

「え、ええぇぇぇぇ!?」


 僕は隣の出しゃばりに冷たい目を向けた。何やってんの歌奏。


「いや、少しは怪しいと思わない? そもそも、こういう大人には、ついていっちゃダメって小学校で習ったでしょ」

「そ、そうだった。事務所の名前とかもわかってないし」

「あら。そういえば自己紹介がまだだったわね。私は来栖くるす舞唯まい。Vtuber事務所【リア:Life】の社長よ」

「リア:Life……。煌莉、聞いたことある?」

「ううん。な……いやある!前に、そこに所属しているVtuberの人が辛味噌を作る配信の切り抜きを見たことがある!」

「ど、どんな配信なの?!」


 その後温うどん作ってたな。ナスを使って。

 そういえばその人の名字が橘だった気がする。


「確か、リア:Lifeは現在1期生が7人、2期生が4人所属していたはず」

「ふふ、よく知ってるじゃない」

「まあ、趣味がネットサーフィンなもので」

「それで、ワタシの事務所にく……」

「ここに居たんだな、舞唯」


 どこからともなく声が聞こえた。その瞬間、来栖さんの体が跳ね上がった。

 声の主の方を向くと、そこには黒いメッシュが特徴的な白髪のイケメンがいた。


「め、瑪瑙めのう、何の用?」

「会議中にお前が急にいなくなったから捜しに来たんだよ」


 瑪瑙と呼ばれた男性は、相当怒っているようだった。


「見つけたと思ったら何やってんだよ。子供に絡んだりして。不審者として通報されても知らねーからな」

「いいや、これはちゃんとした行いよ。今、私はこの子たちをVtuberとしてスカウトしている真っ最中なの」

「本当は?」

「お腹がすいたから何か食べたいなーって思って、たまたまクレープ屋さんを見つけて、そこのクレーブを買って食ベていたの。あ、クレーブはちゃんと自分のお金で買ったから。経費で落とそうとしてないから。そしたら、この子達がVtuberに成りたいって言っているのが聞こえて、それで話しかけたの」

「よく正直に言った。だが、お前何社長のクセに仕事サボってんだ!これで何回目だ!だからライバーたちに舐められてんだよ。いい加減ちゃんと仕事しろ!」

「はい、すいませんでした」

「謝れるなら最初っからやるな」

「本当にごめんなさい。次からもうやりませんのでどうか昼食1か月パンの耳4分の1個の刑だけはどうか免じてください」

「まあ、今回はいつもより早く正直に言ったからな。代わりに昼食1週間で食パン1枚な」

「あ、ありがとうございます!」

「何か立場逆転してない?」

「そうだね。それに……」


 この人が言っていることが正しいなら、本当にスカウトなのかもしれない。

 確か、ウィクシブ百科事典にリア:Lifeの社長はしょっちゅう仕事をサボること。ライバーに舐められていること。副社長の方が社長と言うライバーもいることが書いてあった気がする。

 そして、確証を得るのに必要なもう一つのことがある。


「あのー、もしかしてカミィさんですか?」

「ん?ああそうだよ。オレがリア:Life副社長の神月こうづき瑪瑙めのうだ」

「煌莉、カミィって何?」

「カミィっていうのは、リア:LifeのVtuberの人達が使っているこの人の愛称だよ」

「名字に『神』って字が入ってるからな。因みに一番最初に言い出したのはコイツなんだけどな」

「私たち、高校から一緒なの」

「へ〜、そうなんですか」

「まあ、これで本当にスカウトだってことがわかったかな」


 この人たちが夫婦漫才的なのをやっている内に、リア:Lifeの公式サイトを見てみたけど、実際に来栖さんの顔写真が出てきた。

 それと、1ヶ月前のことだが、3期生が今年の5月にデビューすることが決まったらしい。たぶん、それ関係の会議中だったんだろう。


「二人共、いろいろ迷惑かけてごめんな。ほら、仕事に戻るぞ」


 そう言って、神月さんが来栖さんを連れて(ていうか引きずって)帰ろうとすると、来栖さんは必死かつ無様な抵抗をした。


「やーだー!絶対この子達がいい!私がそう思ったんだから!」

「流石に未成年は駄目だろ。親の許可が必要なんだからな」

「そんなことないよ。そういう規約つけてないもん」

「は?嘘だろ。そんなことあるわけ…」

「あります。さっき調べたんですけど、親の許可が必要なんて書いてありません」

「だとしても、流石にそれは……」

「瑪瑙、リア:Lifeのライバーのの採用条件は?」

「『自分の理想を本気で実現させようとする人』だろ?」

「そうよ。それには年齢も、性別も、国籍も、学歴も、性格も、何も関係ないの。ただ、それだけで良いの」


 来栖さんのその言葉を聞いて、神月さんは黙って手を放した。


「あなた達はどうするの?リア:Lifeに来るか。それとも来ないか。決める権利は、あなた達にあるから」

「煌莉、どうする?」


 歌奏のことを考えると、恐らくこの話にノッた方が良い。それに、リア:Lifeの最大の特徴が、僕たちにとってとても都合が良い。

 なら、答えは一つしかないな。


「ええ。行きます、あなたの事務所に」

「ウォッシャア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!」

「「「うるさっ」」」


 この僕がVtuberになるのか。あんまり実感が湧かないな。でも、自分でやるって言ったんだ。それなりの覚悟はしなきゃ。

 それにしても、何か忘れてるような…。


「あのー。僕たちって3期生になるんですか?」

「ええ。そうよ」

「確か、3期生のデビューって5月ですよね。間に合いますか?」

「「あっ」」


 その瞬間、静寂が訪れた。


「え、え、ええぇぇぇぇ!?」


 歌奏の絶叫を残して。

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