恐ろしげなオーガ侯爵の婚約者となった私は、鈍感力に長けているようです

アソビのココロ

第1話

 ――――――――――ノートン子爵家邸にて。長女テレサ視点。


「えらいことになった。オーガ侯爵から縁談だ」


 青い顔をして王宮から帰宅したお父様が開口一番に言います。

 オーガ侯爵と言うとあの……。

 まだ社交界デビュー前の妹マリアが首をかしげます。


「オーガ侯爵……様?」

「ダライアス様。タウンゼント侯爵家の御当主ですよ。大変な偉丈夫で、頭に角をお持ちと聞くわ」


 私も聞いただけで、実際にお会いしたことはないけれども。


「えっ、頭に角? それは人間なんですの?」


 マリア、思ったことを全て口に出してしまうのは淑女らしくありませんよ。


「実際にお会いしても、とても人間とは思えん」

「お父様までそんなことを」

「それで縁談なのだが」

「そもそもどうして侯爵家御当主の縁談がうちなんかに?」


 我がノートン家は子爵家に過ぎませんよ?

 身分違いではありませんか。

 タウンゼント侯爵家と特に関係が深いというわけでもありませんし。


「いや、ダライアス殿が花嫁を探しているというのは知られた話ではあるんだ。しかし威圧感が半端なくてな」

「ええと、ダライアス様御本人の威圧感ということですか?」

「そうだ。オーガ侯爵の異名は伊達じゃない」


 オーガって怖い魔物ですよね?

 異名というか、ただの悪口のような。


「令嬢が寄り付かんのだそうだ。怖過ぎて」

「あらまあ」

「そんな恐ろしげな方なのですか? 見てみたいわ」

「「えっ?」」


 マリアったら興味本位なんですから。

 ……まさかオーガ侯爵様と親しくなりたいのですか?


「いえ、見てみたいだけです」

「そうよね」

「しかし……どうすべきか?」


 身分違いの子爵家に侯爵様本人から直に頼まれたのなら、侯爵様もかなり切羽詰まっているのではないでしょうか?

 となると断れない話と考えるべきです。

 経験の少ないマリアではムリでしょう。

 我が家は本来、私が婿をもらって継ぐ予定でしたが。


「私がまいりましょう」

「うむ、物事に動じないテレサならば侯爵妃も務まるかもしれぬな」


 私はどういうわけか、昔から度胸があるの肝が据わっているのと言われます。

 貴族の娘に対する褒め言葉じゃない気がしますが。


「マリア、ノートン家はあなたが継ぐのですよ」

「お姉様、任せてください」

「今日から領主教育の勉強を始めるのです」

「ええっ? そんなあ!」


 次女だからって、今までサボってたのがいけないのです。

 私も運命が変わってしまったのですから、あなたも少しは苦労しなさい。


「明日から! 明日から本気出します!」

「今日から出しなさい」


          ◇


 ――――――――――タウンゼント侯爵邸にて。


「ええ、本日はお日柄もよく……」


 タウンゼント侯爵邸を訪れ、ダライアス様と顔合わせの日です。

 さすが侯爵様のお屋敷ともなると、調度が素敵です。

 侯爵様の嗜好が反映されているのか、シックで重厚なイメージですね。

 それにしてもお父様、大層緊張しているではないですか。


 向かいにお座りのダライアス様は身体の大きな方で、とても凛々しいお顔をしています。

 そして噂通り額に大きな角が生えていらっしゃいます。

 神話上の存在のようです。

 すごいなあ、うっとりしてしまいます。


「テレサ嬢は随分リラックスしているように見えるが」

「はい、ありがとうございます。落ち着いた雰囲気のお部屋ですね。お茶も美味しいです」

「そういうことではなかったのだが」


 どういうことだったでしょうか?

 いえ、ダライアス様も喜んでいらっしゃるように思えますね。

 私を気に入っていただけたのでしょうか?


「庭を案内しようか。子爵、テレサ嬢を少々お借りする」


          ◇


「意外でした。農作物を作っているのですね?」


 王都郊外にあるタウンゼント侯爵邸は庭が大変広いです。

 しかし綺麗な花を咲かせる花壇や庭木を植えてあるのは門から玄関の間だけで、それ以外は畑になっていました。


「うむ、魔力を応用すると品種改良が捗るのでな」

「聞いたことがあります。王家でも農作物の品種改良研究が進んでいるとか」

「ほう、テレサ嬢はよく御存知だ」


 農業は領経営の基本です。

 私は領主教育をずっと受けていましたから、その手のこともある程度は存じています。

 でもうら若き貴族の娘が話題にすることではなかったですね。

 少し恥ずかしいです。


「王家では主に穀物の品種改良を行っているのだ。当家ではそれ以外、外国から導入した有用植物や薬草なども栽培している」

「そうなのですね?」


 タウンゼント侯爵家ほどになると、行っている研究のスケールが違いますね。

 国の力になるという意気込みが伝わります。

 圧倒されますね。


「オレの……角のことだが」

「はい」

「怖くはないか?」

「えっ? いえ、特には。聖なる存在のようです」

「ハハッ、そう言ってくれるのはテレサ嬢だけだ。若い令嬢には皆逃げられてしまってな」

「何故でしょうね?」


 異形ではありますが、大変格好よろしいのに。


「……テレサ嬢は、オレの角について何か聞いているか?」

「ダライアス様が角をお持ちだということは噂で聞いておりましたが、それ以外は何も」

「どう思う?」

「失礼ながら申し上げます。おそらく呪いであろうと推察いたします」


 呪い、かつては正体不明の災いの一種として恐れられていたものです。

 現在ではまだまだわからないことが多いながらも、魔力の表現型の一つだということまでは判明しています。


「ダライアス様は大変大きな魔力をお持ちなのでしょう? それが角、という形で表れているものかと」

「うむ、その通りだ。テレサ嬢は素晴らしいな」

「いえいえ、そんな」


 ちょっと魔力について学んだ者ならば、容易に出せる結論ですよ。

 頷くダライアス様。


「それでも正しく魔力の一形態だと認識できる者は少ないのだ。もう一つの呪いのせいだと思うが」

「えっ?」


 もう一つの呪い?

 何でしょう、それは。

 私には全然わからないですけれども。


 ダライアス様がにこやかに笑います。


「テレサ嬢、ありがとう。今日は有意義だった」


          ◇


 ――――――――――ノートン子爵家邸にて。


「う、うーん……」


 あっ、気を失ってしまった妹マリアが目を覚ましそうです。

 マリアがこうなってしまったのには理由があります。

 ダライアス様との顔合わせの後、何とわざわざダライアス様御本人が家まで送ってくださったのです。

 そして家から飛び出してきたマリアがダライアス様の姿を見た途端、バタリと。


 お父様は取り乱していましたが、よくあることなのだとダライアス様が慌てることなく回復魔法をかけてくださったのです。

 経験したことのないほど強い魔力でした。

 瞬時にマリアが負った傷が消滅、あとは気付くまで寝かせておけばよいと。


「マリア、大丈夫?」

「あっ、お姉様!」


 がばっとマリアが身を起こします。

 身体は問題ないかしら?


「覚えてる? あなた急に気を失ったのよ。ダライアス様が回復魔法をかけてくださったからよかったけれど」

「ゆ、夢じゃなかったのね?」

「えっ? 何が?」

「恐ろしい……」


 恐ろしい?

 小刻みに震えるマリア。

 一体どうしたんでしょう?


「まさに、鬼! まさにオーガ!」

「ダライアス様のこと? 失礼よ」

「お姉様、本当にオーガ侯爵に嫁ぐの?」

「ダライアス様に受け入れてもらえるならばですけれども」

「悪夢が現実にっ!」


 何なの?

 マリアったら頭を打った後遺症でもあるの?

 お父様が沈痛な表情で言います。


「むしろテレサよ。お前は大丈夫なのか?」

「何がでしょう?」

「本当にダライアス殿に嫁ぐのか、ということだが」


 マリアと同じことを言っていますよ?


「もちろんです。お優しくて頼りがいのある、紳士的な方だと思いました」

「怖くはないか?」

「怖い? いえ、特には」

「しんっっっっっっっじられないわ!」


 随分と溜めがありましたね。

 元気なようでよかったです。


「この世のものとは思えないほど恐ろしいでしょう?」

「ダライアス様が? いいえ?」

「怖過ぎて令嬢が寄り付かないという理由がわかりましたわっ! 私なんか一瞬で意識を持っていかれましたもの!」

「大げさですわよ?」

「大げさではありませんわっ!」

「残念ながら儂もマリアと同意見だ」


 お父様も?

 どうして?


「……ダライアス殿はパーティーに姿を現すことがない。王家主催の会であっても例外ではない。ダライアス殿がパーティーに出席するとメチャクチャになってしまうからだ」

「わかりますわっ! 意識があれば逃げたくなりますわっ! 叫び声を抑えられないと思いますわっ! 阿鼻叫喚ですわっ!」

「ええ?」


 この意識の違いは何だろう?


「いやはや、断れない縁談だとは思っていたが、テレサの神経が太くて重畳だ」

「鈍感なだけなのですわっ!」

「失礼じゃありませんこと?」


 大体誰もかもが逃げ出したくなるようなら、タウンゼント侯爵邸に使用人が居つくはずがないではありませんか。

 執事も侍女も庭師も、ダライアス様に敬意を払っていましたよ?


「お父様はどうしてそんな断れない縁談を持ってきたのですかっ! お姉様が鈍感だからよかったようなものの、そうでなければ惨劇だったではないですかっ!」


 ……考えてみればおかしいですね。

 社交に出ない方が、たかが子爵の我がノートン家に娘がいることを知っていたというのにも違和感がありますし。


「アーサー殿下に聞いたと言っていた」

「えっ、アーサー殿下に?」

「我が家に娘が二人いることは知らなかったようだが」


 アーサー殿下は王立学校で私と同級ではありますが……。


「お姉様の鈍感力は殿下も御存知だったということですわっ!」

「そんなことは……そうなのかしら?」

「間違いありませんわっ!」


 鈍感力で片付けられてしまうのは著しく納得いかないですけれども。


「まあ、めでたいことだ。ダライアス殿は妻を得られる。我が家は力のあるタウンゼント侯爵家と縁戚になれる」

「そうですわね」

「近々正式に婚約の運びとなるだろう」

「ダライアス様のような方が婚約者なんて、夢みたいですわ」

「私がお姉様の立場だったら悪夢ですわっ!」


 マリアったらまったく失礼なんですから。


「あなたは領主教育を進めなさい」

「悪夢ですわっ!」


          ◇


 ――――――――――タウンゼント侯爵邸にて。侯爵ダライアス視点。


「可愛らしい御令嬢でございましたな」

「うむ。相当教養もありそうだ」


 今日顔合わせしたテレサ嬢について執事長と話をする。


「旦那様の顔を見て恐怖しない御令嬢は初めて見た気がします」

「それを言うな」


 しかし事実ではある。

 オレの二つ目の呪い、威圧が原因だ。

 漏れ出す魔力が人を圧迫してしまうのだ。

 相手の年齢が低いほど、面識がないほど、そして性別で言うと女性には効果が強く出てしまう。


「アーサー殿下には感謝しなければならぬ」


 テレサ嬢はアーサー殿下に紹介されたのだ。

 タウンゼント家が王家に協力的で、力のある高位貴族だからということもあるのだろう。

 オレの配偶者については、王家に大変心配されていたのだ。


 先日王宮に呼び出されて第一王子アーサー殿下と話をした。


『これは本来王家以外の人間には見せないものなんだけど』

『王立学校に通う生徒の個人資料ですか?』

『そうそう。本来はボクの婚約者を見繕うために渡されたもの』

『よい方がおられましたか?』

『選り取り見取りだね。そうじゃなくて、この子どうだろう?』

『テレサ・ノートン子爵令嬢ですか?』

『可愛いし、しっかりしたいい子なんだ』

『殿下の妃としては少々身分が足りないのでは?』

『ボクの婚約者じゃなくてさ。ここ見て』

『魔力抵抗が……異常に高いですな』

『ダライアス卿の威圧をものともしない可能性が高い』

『あっ、オレの配偶者候補としてですか?』

『うん。決まらなくて苦労してるみたいだからね。一度会ってみることを勧めるよ』


 会うこともままならないため、自然と令嬢とは縁遠くなってしまっていた。

 オレも焦ってはいたが、打開する手段がなかったのだ。

 テレサ嬢ほどオレにピッタリの令嬢を紹介してくれるとは、感謝してもし切れない。


「アーサー殿下も、旦那様をよっぽど繋ぎ止めておきたいと見えます」

「ハハッ、そうかもな」


 立太子も間近だろうからな。

 宮廷魔道士以上の魔力を持ち、それを用いて植物の品種改良に尽力していて、かつ侯爵家の当主であるオレを味方にしておきたいのは当然だ。

 忠誠を誓わせてもらおう。


「テレサ嬢にプレゼントをしたい。何を喜んでくれるだろうか?」

「調査させておきます。お任せを」


          ◇


 ――――――――――一年後。教会にて。


 私の王立学校卒業を待って、ダライアス様と結婚の運びとなりました。

 多くの方々を招待しての晴れの日ではありますが、ダライアス様の威圧のせいか、出席者の表情が全体的に硬いです。

 そして年齢層も高め。

 私より年下は妹のマリアだけですね。


 威圧のこと、聞きました。

 私は魔法に対する抵抗力が強いらしく、それで呪いの効力も及ばないのだろうと。

 マリアは鈍感力鈍感力とうるさいですけれども、私は運命だと思っているのです。

 ダライアス様と結ばれることが。


「……病める時も健やかなる時も、互いの愛に忠誠を捧げますか?」

「「はい」」

「誓いの口づけを」


 わあ、緊張しますね。

 ダライアス様の端正なお顔が近付いてきます。

 そして……。


「あらっ?」


 口づけを交わした瞬間、ダライアス様の角が取れた?

 えっ? そんなことあります?


「ダライアス様、お身体は大丈夫ですか?」

「……軽い」

「は?」

「ブレッシング!」


 ダライアス様の祝福の魔法です!

 輝く光の粒子が舞います。

 出席者の皆さんが驚いています。


「ありがとう、テレサ。呪いが解けた」

「呪いが……解けた?」

「うむ、魔法の出力が各段に楽になった。君のキスのおかげだ」


 そういえばキスで呪いが解ける御伽話を読んだことがあります。

 御伽話って真実が含まれているのですね。

 呪いって本当にわからないものです。


「お姉様!」

「マリア」

「紹介してっ!」

「は?」


 紹介してって、ダライアス様のことを?

 あっ、マリアはダライアス様と話したことがなかったですか?

 それ以前にあなた、ダライアス様のことメチャクチャ言ってたじゃないですか!


「マリア嬢。君の姉上は素敵だな」

「オーガ侯爵様も素敵です!」

「……オーガ侯爵と影で呼ばれているのは知っていたが」

「「あっ!」」

「ふむ、威圧の方も消えているようだな」

「何だか雰囲気が柔らかくなったような気がしますね」

「何を言っているのお姉様。以前とぜんっぜん違うわ!」


 マリアが興奮しています。

 ダライアス様はずっと素敵ですよ?

 でも列席者の方々の表情がとても和やかになりましたね。

 これなら社交の方も問題ないのではないでしょうか?


「テレサ、君は天使だ」

「えっ?」


 恥ずかしいのですけれども。

 ダライアス様に抱きしめられます。

 ああ、皆様の拍手が心地よいです。

 さっきの拍手は硬かったですものね。

 本当に祝ってもらえてる感じがします。


「お姉様、羨ましいっ!」

「うふふ、ありがとう。マリアは勉強頑張ってね」

「今そんなこと言うなんてひどい! 鈍感!」


 先ほどの祝福の魔法の粒子が降りてきました。

 ダライアス様と目が合い、微笑み合います。

 この人と幸せになるのですね。

 今後ともよろしくお願いいたします。

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