中学受験シリーズ
塾長の秘密
午後4時半。1階のリビングから聞こえる母親の声が、堀口海斗の唯一の息抜きが終わったことを知らせた。
4時過ぎに小学校から帰ってきてからまだ30分と経っていない。
学校から帰ってきて僅かなこの時間に読む漫画だけが、現実を忘れさせてくれる心の支えだった。
1階のリビングから母親の声が聞こえてくる。
「ほら、海斗、聞こえてる。塾行くわよ」
漫画を本棚に戻し通塾バックを手に取り階段を降りると、夜のお弁当を持っている母親にダメだろうと思いながらも抵抗してみた。
「今日、塾休んじゃダメ?」
「ダメに決まってるでしょ。せっかく特待クラスに入れたのに、ほら、早く靴履いて」
母に背中を押されて玄関を出て、駐車場に停めてある車へと乗り込むとすぐに漢字ドリルを取り出し勉強を始める。
母の運転する車で15分。わずかな時間でも無駄にせず勉強しないと、御三家といわれる海邦学院には合格できない。
「じゃあね、しっかり勉強するのよ」
運転席で手を振る母親とは塾の入り口で別れ、5階建ての塾の校舎へと入った。
入り口横のエレベータに数名の生徒たちと一緒に乗り込んだ。
みんながボタンを押し割るのを待って、IDカードの入っているパスケースをかざすと5階のボタンがオレンジ色に輝いた。
エレベータに乗っている他の生徒からは、一斉に羨望のまなざしを向けられる。
この塾の特待生3人だけに与えられるIDカードがないと、5階の塾長室には行けない。塾長以外の塾講師もこのIDカードは持っていないので、5階に行けるのは塾長と3人の特待生だけだ。
6年生になってすぐの4月に行われた選抜テストで特待生に選ばれて、このカードを手にしたときは誇らしい気持ちと未来へ希望に満ち溢れていた。
4階で他の生徒たち全員がエレベータを降りると、フーっとため息をついた。
数秒後エレベータの上部にある階数表示が、5階になったのと同時にドアが開いた。
正面にある塾長室に入る前に、その隣の更衣室のドアを開けた。
「おはよう」
「おはよう」
先に着ていた同じ特待生の山下巧が、沈んだ声で挨拶を返してくれた。
堀口と書かれた一番奥のロッカーを開けると、セーラー服が目に飛び込んできた。
真っ白な下地に、えんじ色のリボン、スカート・襟・袖口にはトラッド調のチェック柄が使われており、上品さと華やかさを兼ね備えている。
志望校である海邦学院の制服だけど、女子の制服だ。
制服の横には洗濯済み下着の入ったビニール袋が掛けられており、手に取って中を取り出す。昨日は水色だったが、今日はピンクだった。
ここで抵抗しても仕方ないとあきらめの気持ちで着替えていると、3人目の特待生である本田光貴が入ってきて元気のない挨拶を交わす。
「おはよう」
3人とも無言のまま着替えを続ける。
本田は水色のチェック柄スカートを履いた後、同じく水色のブラウスを着て最後に首元に紺色のリボンを付けた。
先に着替え終わった山下は、えんじ色のチェック柄のプリーツスカートの皺を伸ばしている。
3人とも志望校の女子制服に着替え終わったところで、更衣室を出た。
塾長室のドアの前で立ち止まり、暗い表情をした二人と視線を合わせる。
「さあ、行こうか?」
深呼吸をして覚悟を決めたあと、塾長室のドアをノックした。
「おはようございます」
挨拶して塾長室に入り、壁際に並ぶ。
正面の重厚なデスクに座る塾長が、ゆっくりと立ち上がりニヤリと笑いながら、3人を嘗め回すように見始めた。
「おはよう」
塾長がこちらに近づいてくると、3人ともスカートの裾を掴み上にたくし上げた。
塾長は不敵な笑みを浮かべ、一人ずつ女子用の下着に着替えているかをチェックし始めた。
右側に立つ本田のチェックが終わると、真ん中の僕の下着に視線を向けた。
週5回、塾があるたびに行われる恒例の儀式で、1カ月以上経つが未だになれることができず、恥ずかしさのあまりいつも目を閉じてしまう。
塾長の足音が聞こえたところで目を開けると、左に立っている山下の前に塾長は立っていた。
そろりと山下の背後に回ると、胸のあたりを撫でまわし始めた。
「よしよし、ブラジャーもしているようだね。6年生なんだから、ブラジャーしておかないとね」
山下は無言のまま僕の方に助けを求めるような視線を向けたが、僕にはどうしようもできない。
満足したのか、山下のお尻をポンと叩くと塾長はクスクス笑いながら、塾長はホワイトボードの前へと向かい始めた。
ホワイトボードの前には3つ机が並んでいる。
塾長の授業が始まる。僕たちもゆっくりと席に向かって歩き始め、お尻に手を当てスカートが皺にならないように座った。
―——1か月前
選抜テストで合格した後、塾長による特別面談ということで初めてこの塾長室に入った日に、塾長のサディスティックで変態な性癖を知った。
テスト結果を褒められ志望校を聞かれたあと、急な眠気に襲われた。
今思えば、塾長に勧められたジュースの中に何か盛られていたようだ。
目が覚めると、海邦学院のセーラー服に着替えさせられており、塾長が唇の端がわずかに上げながら不敵な笑みを浮かべた。
「ようやく目を覚ましたようだね」
「塾長!?」
セーラー服に着替えている状況が理解できずにいると、塾長はゆっくりと近づいてきてスマホの画面をこちらに向けた。
スマホには眠っている間に撮影された、目も当てられない恥ずかしい写真が映っていた。
「これからこの部屋で起きたことを外で話したら、親や友達にバラまくからね」
始めて接する大人の悪意に完全におののき、塾長の言われるがままにされるしかなかった。
ホワイトボードの前に立った塾長は、黒ペンを手に取ると声をかけた。
「さあ、今日は算数から始めようか?」
通学バックから算数のテキストを取り出した。
これから3時間、恥辱にまみれた苦痛の時間が始まった。
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