カミングアウト~牛島小百合 その2~

 申し訳なさそうに頭を下げている紘太を見ながら、コーヒーカップをおくと小百合は言葉を選びながら話し始めた。


 まずは、紘太の女装がどんな感じなのかを確認しないといけない。

 女装と言っても、普通の年相応の服を着る人もいれば、過度に女の子っぽい、極端なミニスカートやセーラー服を着たりするいわゆる汚装の人たちもいる。


「その女装の服、どうしてるの?捨てちゃった?」

「いや、捨てようと思ったけど捨てれなくて実家に置いてある」

「とってきてよ。紘太さんの女装姿みたいし。コーヒーお代わり淹れようか?あとお茶菓子にクッキーもいる?」


 今確認ができないのは残念に思いながら、心を整理するためにもいったん席を立った。

 コーヒーのお代わりを持ってリビングに戻ると、紘太が不思議そうな表情で私を見つめていた。


「怒ったり、泣いたり、『やめて』って言わないんだね」

「やめてって言っても、やめられるものじゃないでしょ。隠れたところでコソコソやられるより、一緒にやった方がいいでしょ」


 隠れて女装されたら、服を選んであげたり一緒に買い物したりしたいのにできなくなって、私が楽しめない。


「確認しておくけど、好きなのは女装だけで性自認は男だよね?」

「せい、じにん!?」

「自分で感じている性別ってことよ。ニューハーフの人みたいに、心も女性で男性が好きって訳じゃないでしょ」

「そうだけど」


 本当は男が好きだけど世間体のために私と結婚したわけではないとわかり、良かったと胸をなでおろした。


 

 本当は男が好きだけど世間体のために私と結婚したわけではないとわかり、良かったと胸をなでおろした。


 その日の夜、紘太が一着だけ隠し持っていた紫色のブラジャーとショーツを付けてもらい愛し合った。

 細身ながら引き締まった紘太の体に、花柄のかわいらしいブラジャーがアンバランスだが、それが興奮を誘いかつてない激しい一夜となった。


◇ ◇ ◇


 紘太が重そうに抱えていた段ボールをリビングに置いた。


「もう一つあるから、とってくる」


 車に荷物を取りに行った紘太を見送ると、置かれたばかりの段ボールを開けはじめた。

 なかにはワンピースやブラウス、スカートなど紘太の女装道具が詰まっていた。


 段ボールからとりだした服をテーブルの上に並べ、紘太の服の趣味を確認した。

 極端なミニスカートやロリータっぽい服はなく、年相応のファッションで「汚装」の心配はなさそうだった。

 ちょっとフェミニンできれい目なファッション、私の服の趣味と同じだった。


 段ボールに詰められていた服をクローゼットに仕舞っていく途中、見覚えのあるスカートがあった。

 茶色のプリーツスカートで、タグを確認してみると私が愛用しているブランドと同じだった。


 ちょうどその時、段ボールを抱えた紘太が戻ってきた。


「紘太さん、このスカート」

「ごめん、あまりに可愛かったから同じの買っちゃった」


 申し訳なさそうに謝る紘太は、顔が真っ赤だ。非の打ちどころのない紘太が今まで見たことのないその表情に、私の心はざわついた。


「今度、この服着て一緒に買い物行こうよ。紘太さんと服の趣味あいそうだから、一緒に買い物したら楽しそう」

「あ、まあ、そうだね」


 女装した紘太と買い物できることでテンションが上がっている私とは対照的に、自らカミングアウトしたものの妻の予想外の受け入れ方に紘太は戸惑っている様子だった。


◇ ◇ ◇


 待ちに待った買い物当日、同じスカートを履いて、トップスも同じものではないが白のニットに揃えた。

 私のニットはハイネックだけど、紘太のVネック。その上に黒のカーディガンを羽織っている。


「カーディガンいる?今日暖かくない?」

「肩幅が誤魔化せるからね。Vネックなのも、肩幅ごまかすため。本当は小百合が着ているようなネック部分がくしゅくしゅしているハイネック、可愛いから着てみたいけど似合わないから着れないんだ」


 紘太が羨ましそうな視線を私のニットに向けた。

 

 いつもは私の前を歩く紘太が、今日は隣を歩いている。久しぶりの女装外出に緊張しているのか、顔はうつむき加減だ。

 ウェーブかかったウィッグもかぶり、かわいらしいメイクもしている紘太は男性には見えず、すれ違う人も女装した紘太に気にする素振りを見せずに過ぎ去っていく。


 しかし間近でよくみてみると、頬骨の角ばりや鼻筋の堀の深さなど、メイクでカバーしているがどうしても男の部分が隠しきれていない。

 そんな頑張ろうとしてもどうしても残っている男の部分が、私の心を掻き立てる。


「お揃いのスカートって、ちょっと恥ずかしいね」

「いいじゃない、ペアルックみたいで」


 量産型ファッションで街中に溶け込むことを信条としている紘太には、揃いのスカートで歩くことで注目を浴びるのが嫌なようだ。

 でも私は、夫婦で同じ服を着るという行為に興奮を覚えている。


 私が愛用しているブランドのお店に入ると、新作のスカートが並んでいた。

 私も手持ちのトップスとの組み合わせを想像しながら、新作の裾のフリンジがかわいいチェック柄のスカートを手に取った。

 うん、これだと黒や白などシンプルなトップスとの相性もよさそう。

 

 買おうかなと思った時、スカートを嬉しそうに見ている紘太を見てある思いが浮かんできた。


「ところで、結婚式どうする?」

「どうするって何が?」

「紘太さんもウェディングドレス着る?着てみたいでしょ。この前私がドレス選びしてた時、羨ましそうにしてたでしょ」

 

 その時はまだ紘太の女装癖は知らなかったので私のドレス姿に見惚れていると思っていたが、今思うと紘太の視線は私の顔よりもドレスの方を向いていた。


「さすがに結婚式では無理だけど、写真だけも撮らない?男性でもドレス着られるところ、探せばあるでしょ」

「小百合、ありがとう」


 照れながらも嬉しそうにする紘太。やっぱり、ウェディングドレスは乙女のあこがれだ。


「あっ、このスカートかわいい、お揃いで買わない?」


 先ほどのスカートを紘太の体にも当ててみる。紘太にも似合いそうだ。

 近くにいた馴染みの店員さんに声をかけた。


「試着してもいいですか?この人、こうみえても男ですけど大丈夫ですか?」

「そうだったんですか?先ほどから見てましたけど、友達同士と思っていました。女装している人って初めて見ましたけど、きれいですね」


 店員さんは興味深そうに紘太をみつめると、紘太はちょっと照れくさそうに顔を赤くしていた。

 そんな紘太を見ながら、ようやく本当の夫婦になれたような気がした。

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女装百景 葉っぱふみフミ @humihumi1234

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