カミングアウト~牛島小百合~

 きれいに平らげられた夕ご飯のお皿を見て、牛島紘太の妻である小百合はひそかな満足感を覚えた。


 結婚が決まり同居するようになって1か月が経った。最初のうちは料理教室で習ってきたミネストローネや鶏肉のフリカッセなど手の込んだ料理を作っていたが、紘太は食べてはくれるが反応はイマイチだった。


 先に結婚した友達に聞いてみたところ、「男なんて、肉と野菜を焼いて焼き肉のたれとマヨネーズで味付ければそれで充分よ」という返事が返ってきた。

 翌日試しに言われた通り、肉野菜炒めを焼き肉のたれで炒めただけの料理をだしてみた。

 紘太は「まじ、これ最高」と言いながら嬉しそうに食べたのをみて、これでいいなら楽だけど何か物足りなさをかんじた。


 今日も生姜焼きに添えた千切りキャベツにマヨネーズをかけて、「このタレのしみたキャベツにマヨネーズが最高に合うんだよな」と言いながら平らげていた。


 お皿洗いが終わりリビングに戻ると、スマホに実家に住んでいる弟の健介からのラインが届いていた。


「明日デートなんだけど、この服で大丈夫かな?」

「大丈夫、その服かわいいし、似合ってるよ」


 写真入りのラインに返信するとすぐに弟から「頑張ってくる」と返事があった。

 その健気な感じに、思わず笑みがこぼれてしまう。


「小百合、コーヒー飲む?」

「ありがとう、お願い」

  

 ちょうど一息つきたいタイミングに声をかけてくれた紘太のやさしさに感謝した。


「はい、どうぞ」


 受け取ったカプチーノを飲むと、ビターで深いコーヒー豆の風味とミルクの優しい甘さが口の中に広がる。

 

「ありがとう、紘太さん美味しいよ」

 

 淹れてくれた紘太にお礼を言うと、紘太は真面目というか緊張していた表情になっていた。


「なあ、小百合。ちょっと話がある」

「えっ、紘太さん、何そんなにあらたまって」


 隠し子がいるとか、会社でミスして首になるとか、それとも海外転勤がきまったとか、真剣な表情にいろんな憶測が頭の中をよぎる。


「あの、その……。ごめん、小百合、本当は結婚する前に言うべきだったと思うけど、俺には女装趣味があるんだ」


 紘太は申し訳なさそうに頭を下げた。紘太に女装趣味があるなんて。

 ちょうど良かった。

 そう思ったが、ここでノリノリに返事するのも引かれてしまう可能性がある。

 湯気が立ち上るコーヒーカップを見つめながら、どう返事をすればよいのか考えた。


◇ ◇ ◇


―——女装した男が好き


 そんな特殊な性癖に気付いたのは、小百合が小学5年生の時だった。

 父親は仕事、母親は親せきの家に行ってしまい、二つ年下の弟と留守番をしていた日曜日のことだった。


 昼ご飯に作り置きしてあったカレーを食べていた時、弟の健介が誤ってカレーをこぼしてしまい服を汚してしまった。


「もう、健介何してるのよ。ほら、シミになるからすぐに服を脱いで」


 健介の服を脱がせるとすぐに水で洗い流していると、裸の健介が声をかけてきた。


「お姉ちゃん、どの服着ればいいの?」


 健介の服はタンスに入っているはずだが、いつも母親に服を準備してもらっている健介は知らないようだ。


「タンスの……」


 そこまで言いかけたとき、頭にひらめくものがあった。


「ちょっと待ってて」


 汚れた服を洗剤を入れた洗面器に漬け置きしたところで、2階の自室へと向かった。


「ほら、とりあえずこれ着てて」

「なんでだよ。これお姉ちゃんの服でしょ」


 健介は私が昔着ていた赤いスカートと白のブラウスを持ちながら、不満そうな表情を見せている。


「だって他の服今洗濯中で、着る服ないでしょ。それにカレーこぼした健介が悪いんだから、大人しく着なさい」


 嫌がる健介に半ば強引にスカートを履かせ、女装させた。

 着替え終わった後、内またになり恥ずかしそうにスカートの裾を触っている健介をみて、私の中で何かが弾けた。


 嫌がる健介をそのまま外へと連れ出した。スカートを恥ずかしがる健介は、普段の生意気で乱暴な言動は影を潜め、私のことをすがるような視線で見つめている。

 その視線がますます私のサディスティックな心を刺激した。


 その興奮が忘れられず、そのあとも何度か嫌がる健介を無理やり女装させた。

 女装の沼にはまった健介は、そのうち自らスカートを履きたいと言い出すようになり、高校卒業を機に女性として生活をするようになった。

 

 道を外してしまったかなと姉として申し訳ない気持ちもあるが、嬉しそうに彼氏とのデートを報告してくる健介を見てこれで良かったとも思ってしまう。


 付き合う彼氏の基準も女装が似合いそうかどうかで、高校の時は文化祭の女装コンテスト1位の先輩と付き合ったし、大学生の時は1つ下の優男を無理やり女装させた。


 最初は女装してくれるが私が会うたびに女装を迫るのに嫌気がさして別れてしまうか、女装に目覚めすぎて弟の様にフルで女装するようになり「男の人が好きになった」と言われて振られるのを繰り返した。


 28歳となりそろそろ周りが結婚し始め焦りを感じていたころ、友達の彼氏の同僚ということで紹介されたのが、紘太だった。


「初めまして、牛島紘太です」


 礼儀正しくお辞儀をしながら自己紹介する紘太の顔を見て、この人女装が似合いそうと直感した。

 頬骨があまり出ておらず丸顔気味な輪郭、細い鼻筋、身長はやや高いもののスリムな体形、見るからに女装映えしそうだった。


 順調に交際がスタートしたものの、頭の中はいつどうやって女装を勧めようかでいっぱいだった。

 一流大学出の一流商社勤務、結婚相手としては申し分ないスペックの紘太に、女装を勧めて引かれてしまい別れてしまうのは惜しい。


 できるだけ自然にとタイミングをうかがっていたら、プロポーズされてしまった。

 結婚してしまえば、簡単に別れることはできないのでチャンスだと思った。


 一緒に住み始めて1か月、そろそろいいかなと思っていたところでの、紘太のカミングアウトだった。


 紘太の女装癖、こちらとしては願ったりかなったりだが、いろいろ確認しておかないといけないことがある。

 急いてきている心を落ち着かせるため小百合は、コーヒーカップに口を付けた。


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