プリンセスになることを夢見た、僕は夢をかなえる
メイクを整えたあと、改めて鏡で自分の姿をみてみると、自分の顔ながらその美しさに思わず失神してしまいそうだった。
「尚人、きれいだよ」
一緒の部屋に泊っている姉が褒めてくれた。
姉はエメラルドグリーンのドレスを着ていて、僕は薄紫色のドレスを着ている。どちらもネズミーアニメにでてくるプリンセスが着ているドレスにそっくりだ。
普段コスプレして入場はできないネズミーランドであるが、ハロウィンの特別企画で10月だけはコスプレしたままでも入場できる。
それに参加するために、ネズミーランド近くのホテルに泊まり朝から準備をしていた。
この日のために夏休みはバイトしてお金を貯めたし、ドレスの準備など多くの時間を費やした。
それだけではない、憧れのプリンセスなるために準備は、子供のころから始まっていた。
小学生のころ外から帰ってきた僕は、姉が見ていたネズミーアニメの「白雪姫」をみて、一瞬にしてネズミーアニメのプリンセスに心を奪われた。
興味を持った僕は白雪姫だけではなく、人魚姫、シンデレラ、美女と野獣、と立て続けにアニメを見て、すべてのプリンセスに心をときめかせた。
そのプリンセスに恋心を抱くのが普通の男子だと思うが、僕は違った。プリンセスに自分もなりたいと思ってしまった。
どうしてそう思ったのか、今でもわからない。男である僕がプリンセスになる。小学生だった僕でも、それは無理でダメなこととわかっていた。
ダメとわかっていても夢をあきらめることはできず、ある日僕は家族の留守を見計らって姉の部屋に入った。
僕の散らかった部屋とは対照的に、几帳面な性格の姉の部屋は片付いていた。誰もいないとわかっていても、物音を立てることなく静かにクローゼットに近づき、そっと音を立てずに扉を開けた。
「これだ」
トップス、スカート、パンツ、ワンピースと規則正しく並べられていたので、お目当てのものはすぐに見つかった。
姉が先月、ピアノの発表会のために買ってもらったワンピースは、袖はオーガンジーに繊細なレースを重ね、スカート部分はプリーツになっており、憧れていたプリンセスが着ているような服だった。
ワンピースを手にした僕は、また忍び足で自分の部屋へと戻っていった。
女子にしては大柄な姉と、男子にしては小柄な僕とでは身長はほぼ同じなのでサイズは問題ないはずだ。
着ていた服を脱いでワンピースに着替えた。背中のファスナーを開け足を入れ用うとすると、心臓の鼓動が速くなってきた。
いけないことをしている背徳感と憧れだったドレスが着れる喜び、二つの感情がまじりあい、心臓の鼓動がより激しいものになっていく。
ドキドキする音が実際に聞こえてきそうな勢いだ。
深呼吸をして落ち着かせた後、ワンピースを着て背中のファスナーを閉めようとするが手が届かず苦戦してしまう。
あんまりぐずぐずしていると家族が帰ってきてしまうので、背中のファスナーは半分開いたままで鏡に向かった。
「きれい」
思わず独り言が漏れてしまった。首から上は男なのでそこは極力見ないようにすれば、首から下は男子にしては華奢な体格が幸いして違和感はない。
―——ガッチャ
時間を忘れて鏡の中で見惚れていると、突然玄関のドアが開く音がした。しかも、階段を上ってくる音まで聞こえてくる。
部活で夕方まで帰ってこないはずの姉が、なぜか早めに帰宅してきたようだ。
いつもなら姉は自分の部屋に直行するはずだし、ワンピースはあとで姉がいないときに返せばいい。息をひそめて、姉が部屋に入るのを待った。
「尚人いる?あの漫画貸してよ。友達が読みたいんだって、え!」
2階に上がってきた姉はノックもせずに僕の部屋のドアを開けた。姉のワンピースを着た僕の姿をみて、姉が叫び声をあげた。
「尚人、何してるの!」
問い詰める姉に、僕はプリンセスになりたいことを伝えた。
「きれいだから、憧れる気持ちはわかるよ」
「ごめん」
「謝らなくていいよ」
姉は僕の背後に回って、半分開いていた背中のファスナーを閉めてくれた。
「プリンセスになるんだったら、一人で着られるようにならないとね。毎日、お風呂上りに柔軟しなよ」
「えっ、怒らないの?」
「私、妹欲しかったんだ。いつか、ドレス着て一緒にネズミーランドに行こうね」
そういって、姉は僕がプリンセスになることを応援してくれた。
なかなか言い出せない僕に代わって父と母を説得してくれて、家の中ではスカートを履けるようになった。
女の子らしいふるまい方は姉から教えてもらった。
その一方で、プリンセスには品性とともに知性も必要と姉から言われ勉強も頑張ったおかげで、高校、大学と地元では名の知れた学校に行くことができた。
女の子の格好で姉と一緒に買い物している姿をクラスメイトに見られたのを機に、高校2年の途中から女子の制服で学校に通うことになったが、そのころには「クラスの女子の誰よりも、女の子らしい」と言われるほどになっていた。
「どうしたの?そろそろ、開園だから行こう」
「うん、ちょっと昔のことを思い出してた」
「この日のために、尚、頑張ってきたもんね」
鏡に映る自分の姿に見惚れながら過去を振り返っていた僕の肩に、そっと姉が手を置いてくれた。ほのかに伝わってくる姉の体温に、姉の優しさを感じる。
この日のために、食欲旺盛な中高生の時期もカロリーを計算しながら、太らずやせすぎず女性らしい体つきになれるよう運動やストレッチを欠かさず行ってきた。
肌の手入れも欠かさず行ったし、メイクの練習も頑張った。
「さあ、行こう。今日は楽しもうね」
姉に手を引かれ、部屋を出た。
ホテルのスタッフからも「お似合いです」「きれい」と褒められながら、ネズミーランドの入場口へと向かう。
天気も晴れており、今日はいい一日になりそうだ。
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