女装が仕事の新規プロジェクト その2
目覚まし時計が鳴っている。まだ眠いが、もう起きないといけない。漆原は目を覚ました。洗面所で顔を洗うと少し眠気がなくなってきた。
以前だったらそのまま朝ごはんを食べるところだが、化粧水に着けた後に乳液をつける必要があり、数秒で終わっていた以前とは段違いに時間がかかる。
朝食をパン一枚と牛乳で軽く済ませた後、出勤のために着替えを始める。クローゼットの中には、異動した初日に山田さんが買ってきた服が並んでいる。
その中からピンクのカットソーと白のミモレ丈のシフォンプリーツスカートを選びだし、パジャマを脱いで着替え始めた。
着替えた後は、ウィッグをかぶりメイクを始める。最初のころは慣れなかったメイクだが、一か月間毎日やっていればそれなりにできるようになった。
朝の準備にいままでよりも30分以上かかることになり、その分早く起きる必要に迫られる。
家を出て同じように通勤している女性を見ると、みんな同じように朝準備しているかと思うと、女性って大変なんだなつくづく思う。
駅に着いて、電車に乗るための列の中に並んだ。女装を始めたころは、男だとバレて後ろの女性にクスクスと笑われたが最近はその回数も減ってきた。
笑われたくなくて女装ブログをいくつもみて調べて、肘と膝は少し内側に向くようにして、肩の力を抜いてなで肩にみえるようにした。
男女の骨格の違いなんて、女装するようになって初めて知った。女装は単にスカートを履けばいいだけというものでもない。
会社につくとすでに課長と山田さんは着ていた。
「おはようございます」
挨拶して自分のデスクに座る。座るときスカートにしわにならないように、手を添わせながら椅子に腰かける。
スカートを履き始めて初めて知ったが、言われてみれば課長も山田さんも座るときは自然な感じでお尻に手を添えている。
面倒にも感じるが男だとしないことをして、女性らしい仕草を取り入れる、それも女装であることを知った。
パソコンの電源を入れて、仕事に取り掛かる。女装している人のブログやSNSを見て回り、どんな服が求められているかを調べ企画を練る。
すでにいくつか企画を作り、そのうちいくつかは課長の承認をえて、山田さんがデザイナーと具体的な打ち合わせに入っている。
営業部だったころはいかに仕事をサボるかだけを考えていたが、企画部に来てからは課長の目の前で仕事していることもありサボれない。いや、サボろうという気が起きない。
強制的に始まった女装生活も、やってみると意外に楽しい。日々メイクが上手くなってかわいくなっていく自分の姿を見るのも、企画のためにレースやリボンのついたかわいい服を見て回るのも楽しい。入社以来初めて仕事にやりがいを感じている。
それから一月後、試作品が届いたので早速三人で見てみることにした。まずは山田さんが自ら考案したワンピースを取り出した。
腰の位置にリボンのベルトがあるワンピースで、ウェスト付近で縛ることでくびれのない男性でもくびれがあるように見えるようになっている。
スカート部分もプリーツでボリュームを持たせてあり、目の錯覚で男性特有の肩幅の広さを誤魔化せるようになっている。
「漆原さん、実際に着た感じで見たいからちょっと着替えてよ」
「私も見たいです」
「じゃ、トイレで着替えてきます。空いている会議室あるかな?」
「ここでいいよ。ドアに鍵かけておくから、着替えて」
着替えを始めようとするが、二人とも部屋から出て行かない。
「課長、出て行かないんですか?」
「気にしないから、着替え続けて」
「私も大丈夫ですよ」
二人が他の試作品を見ている間、部屋の隅で着替えを始めた。着てきた服を脱いでワンピースを手に取った時、二人ともこちらの方を見ているのに気付いて、慌てて胸を隠した。
「何、見てるんですか?」
「どんな下着つけているのかなと思って。紫ね、ちょっと意外」
「フリルとレースがいっぱいでかわいい!」
ネットで下着を見ていたら、紫のブラジャーが目に留まり欲しくなって買ってしまった。下着は誰に見せるものでもないが、可愛いのを身に着けているというだけでテンションが上がる。
ワンピースに着替え終わると、課長と山田さんが細部までチェックを始めた。
「う~ん、もう少し丈が合った方が良いね」
「そうですね、膝は隠した方が男っぽさが消えるから、もう少し長くしましょ」
ワンピースの試作品チェックが終わると、次は自分が考案した服のチェックに入った。山田さん考案のワンピースとは違い、スカートとシフォンブラウスの組み合わせだ。
「漆原さん、可愛いと思うけど、可愛すぎない?」
「あえて、そうしてみました。世の中には首下女装って言って、家の中だけで女装を楽しむ人たちがいます。その人たちのために、デザインしてみました」
シフォンブラウスは胸元のリボンと袖口にもフリルが付いており、視界に入ることで女性の服を着ている実感がわきやすいようになっている。
スカートもロング丈のタイトで、歩く動作に制限がかかることで女装していることを実感できるようになっている。マーメイドラインで可愛さも兼ね備えている。
スカートとブラウス、どっちも甘めな感じなので街中だと可愛すぎて浮きそうになるが、家の中で自己満足のために着るだけなので思いっきり甘めにしてみた。
「そうね、家の中だけなら、誰の目も気にせず着たい服着ればいいもんね」
課長も納得してくれたようだ。自分が考えたものが商品化される。売れるかどうかは分からないが、自分の考えが現実のものとなるのは嬉しい。
いままで仕事に嬉しさや楽しさを感じたことはなかったが、この仕事はやりがいを感じる。女装という沼にはまったようだ。私の女装生活はまだまだ続く。
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