高校生シリーズ

女の子って楽しい

 川原良太は友達と舞台を観てくるという母を見送ると、すぐに自室へと戻った。父は朝からゴルフに行っているし、4つ違いの兄もバイトで朝から家を出ていた。

 これで夕方まで一人きりになれる。喜びながらベッドの下に置いていた段ボールを取り出した。


 段ボールを開けると、ピンクのリボン付きスカートとフリルいっぱいのブラウスを取り出した。早速服を脱いで、着替えることにした。

 家族が留守の間だけ、女の子になれる。良太の密かな楽しみだった。


 女装に興味を持ったのは、中学生の時クラスの友達と一緒に遊びに行ったときだった。クラスの男女6人で遊びに行ったが、制服の姿しか知らない女子たちの私服が輝いて見えた。


 色もカラフルだし、リボンやフリル、レースも魅力的だった。普通ならそんな可愛い服を着ている女子たちと付き合いたいと思うが、なぜか良太は自分も着てみたいそんな気持ちを抱いてしまった。


 男なのに女の子のかわいい服を着ることは許されないことは分かっていたが、できないと分かると余計に着たくなってしまう。

 そんな葛藤した気持ちを抱きながら、学生生活を送っていた。


 ある日参考書を買いに本屋へと向かう途中リサイクルショップの前を通ると、ピンクや水色のスカートがセール中の札と共にハンガーラックにかけてあった。

 値段も驚くほど安く、母から参考書を買うためにもらったお小遣いで買えてしまう。


 手に取ってみてじっくり見てみると、思い描いていたのと同じリボン付きのスカートで裾にはレースもついている。

 堪らず欲しくなってしまった。このチャンスを逃すわけにはいかない、そう思うとそのスカートを隠すように持ちながら店内へと入っていった。

 スカートがあるなら、上着も欲しいな。そう思って古着のコーナーへと直行して、フリルいっぱいのブラウスを手に取った。


 病院を経営する父は、平日は仕事、休日はゴルフであまり家におらず、兄も医大に進学後は受験勉強から解放された反動で、サークルやバイトであまり家にいない。専業主婦の母も外出することが多く、一人になる時間を探すのは楽だった。

 誰もいなくなると、こっそり女の子に着替える。そんな密かな楽しみが始まった。


 今日も着替えが終わると、勉強を始めた。ノートを書きながら下の方に視線が行くと、胸元のフリルが視界に入ってくるのが嬉しくて、男モードの時よりも効率が上がる気がする。


 女の子として勉強していると、玄関のドアが開く音がした。


「良太いる?一緒に行く友達が具合が悪いって、急にキャンセルになっちゃった。お昼まだでしょ、お寿司買ってきたから食べない?」


 そう言いながら、母が階段を上がってくる音が聞こえてきた。やばい、スカート履いているのが見つかる。隠れようでも、どこに?ベッドの下?クローゼットの中?迷っているうちに部屋のドアが開いてしまった。


「良太、なんなのその恰好は!」

「ごめん、母さん。かわいいスカート見たら、自分も着たくなっちゃった」

「違います。母さんが言っているのは、その組み合わせです。トップスもスカートもどっちも甘めで、小学生じゃないんだから、黒のカーディガンは羽織るとかしないと。それに、なんなのそのペラッペラな安っぽい服は?」


 予想外の怒られ方に戸惑って、言葉が詰まっていると母が電話をかけ始めた。口ぶりからすると、タクシーを呼んでいるようだ。


「今から、買い物行くから準備して」

「買い物って、何を?」

「良太の服に決まってるじゃない。女の子の服着たいんでしょ、買いに行くわよ」

「えっ、この格好で外に行くの?」


 女の子の服を着ているとはいえ、首から上は男のままだ。ちょっと待っててと言って、母は部屋から出ていき、数分後ウィッグとメイク道具をもって部屋に戻ってきた。

 有無を言わさず、メイクを始めた。


「母さんね、本当は女の子が欲しかったんだけど、二人とも男の子だったでしょ。友達が娘と一緒に買い物行ったって聞くと、羨ましくてね。でも、よかった。良太が女の子になりたいって言ってくれて」


 いや、そこまで女の子になりたいわけじゃない。ただ、可愛い服を着てみたかったんだと言っても、それが女の子だからと言って母は聞く耳を持ってくれなかった。


「良し、これでいいかな」


 そう言って手鏡を母から受け取り自分の顔を見てみると、そこには可愛い女の子がいた。


「見とれてないで、タクシー着たから行くわよ」


 そう言って母に手を引かれながら、タクシーへと乗り込んだ。


◇ ◇ ◇


 デパートにつくと、母は受付へと向かった。


「今日、横山さんいらっしゃる?いたら、川原が来たとお伝えしてください」


 受付の女性が内線電話を掛けると、数分後黒のパンツスーツの女性が走ってやってきた。外商と呼ばれるデパートの上客むけに高級品を扱う人で、家の方にも新作が出ましたといっては頻繁にてきている。


「川原様、お待たせしました。用事があればこちらから出向きましたところ、御足労おかけしてすみません。今日はどういったご用件で」

「いいのよ。たまにはデパートで買い物を楽しみたかったから。それでね、息子が急に女の子になりたいって言いだしてね。私、若い人の服はあんまり分からないから、お願い」

「かしこまりました」


 上客対応のプロなだけあって横山さんは、息子のために女の子の服を買う、そんな奇抜な依頼も驚くことなく受け付けた。


「こちらが、若い人向けのブランドになってまして、流行りのデザインですと、こちらのミニスカートはいかがでしょうか?」

「いいわね。良太、試着してみて」


 試着室に入って、着替えてみる。今までのスカートと違い、生地がしっかりしてあり、プリーツのひだもきれいについている。試着室のカーテンを開けると、母も満足そうな顔をしていた。


 買い物を終えると、空腹を覚えた。そういえば、昼ご飯も食べずにデパートに着たとこを思い出した。


「母さん、お腹すいたよ」

「じゃ、食べに行こうか。あとワンピースも欲しいし、下着も買わないといけないから、買うものいっぱいあるし」


 スカート履いているのがバレた時、反対されるかと思ったら予想外に受け入れてくれた。母も一緒に買い物できて嬉しそうにしているし、こんなことなら早めに言えばよかった。このまま、母の望む通り女の子として生きて行っても、いいなと思い始めてきた。



 

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