女の子って楽しい その2
川原良太が家に戻ると、早速買ってきた服に着替えるように言われた。着替えている間、母はクローゼットの中の服をゴミ袋に詰め始めた。
「母さん、捨てちゃうの?」
「もう着ないでしょ。良太は今日から女の子になるの。女の子に、こんな服や下着は必要ないでしょ。こういうのは中途半端が一番よくないだから」
母はそう言って、衣装ケースの引き出しを開け、下着を取り出すと無造作にゴミ袋に放り投げた。
「下着も捨てて、明日から何着ればいいの?」
「何って、今日買ったでしょ」
「ブラとショーツ着けて学校に行くの?バレたら恥ずかしいよ」
「バレたらって」
そこまで言いかけたところで、玄関のチャイムが鳴った。母と一緒に玄関まで行きドアを開けると、デパートの外商部の横山さんが紙袋を持って立っていた。
「横山さん、無理言ってごめんね。今度バッグ買うから、許してね」
「いえいえ、これぐらい大丈夫です。たまたま在庫があったみたいで、すぐに手に入りました」
横山さんは紙袋から取り出したものを母に渡した。紺のブレザーに、青色のチェックスカートと、丸襟のブラウスにリボン。良太の高校の女子の制服だった。
「間に合ってよかったわね、良太。これで明日から、女子高生になれるよ。サイズが合ってるか見たいから、早速着替えて」
いつの間にか、母は学校の制服も手配してあったみたいだ。
この制服で学校に行くのなら、下着がバレるとか言う以前の問題だ。
明日、この制服で学校に行くの?みんなからからかわれたり、いじめられたりしないかな?そんな不安を抱きながら、着替え始めた。
「サイズは大丈夫みたいね」
「母さん、本当に明日からこれで学校に行くの?」
「女の子になりたかったんでしょ。やるなら、きちんとしなさい。今から夕ご飯作るから、一緒に作るわよ。女の子なんだから、料理ぐらいできないとね」
エプロンを母から渡され、一緒にキッチンに立った。包丁をもつなんて、家庭科の調理実習以来だ。
「人参の千切りはこうやって切るの。わかった?ほら猫の手にしてないと、指切るよ」
母から教わり、不器用ながら野菜を切り始めた。まだ小学生低学年だった時に学校から帰ってきた後、キッチンで料理している母の横で、今日学校であったことを嬉しく話していたことを思い出した。
成長するにつれ母との会話が減ってきた。兄も同じように母とあまり会話することなく、仕事中心の父は夜遅く家に帰ってきてから一人でお酒を飲んでいる。
母は孤独だったのかも知れない。鼻歌交じりに野菜を刻む母の姿を見て、息子が娘になった状況を、母は楽しんでいるように見えた。
夕ご飯ができたところで、兄と父が帰ってきた。スカートを履いた姿を見て、二人とも驚きはしたが母が説明すると、とくに気にすることもなく「お腹がすいた」といって夕ご飯を食べ始めた。
「父さんもお兄ちゃんも、あっさり受け入れたね」
「百人に一人は、トランスジェンダーって言われているしな。たまたま、うちの弟がそうだったということで、別に問題ないんじゃない」
「病気みたいに治すものじゃないし、本人が好きなようにするのが一番だ」
二人とも医療関係者ということだけあって、理解が早い。早くて助かるけど、このままずっと女の子で過ごさないといけないの?その覚悟はまだできてない。
「治すことはできないけど、適合手術とかホルモン治療するなら紹介するからいつでも言ってくれ」
父も父で女の子になりたい息子を応援する気持ちはあるみたいだが、家族の理解と自分の覚悟が追い付いていない。
◇ ◇ ◇
翌朝いつもより早く起き、学校に行く準備を始めた。スカートの制服に着替えリボンを付け、鏡で自分の姿をみてみた。
髪は伸びるまではウィッグをつけることにしたこともあって、まあ女子高生に見えなくもない。あとはクラスのみんなが受け入れてくれるか心配だ。
先生に事情を説明するために学校に行くという母と一緒にタクシーに乗って、学校に向かった。まだ、スカート履いて電車に乗る覚悟はできていなかったので助かった。
母が事情を担任の先生に説明すると、先生もあっさり受け入れてくれた。いくらLGBTへの理解が進んできたと言っても、みんな理解し過ぎじゃない?
先生と一緒に教室に入ると、クラスのみんなは驚きの声をあげた。
「そんなわけで、川原さんはスカート履いていますけど、みんなからかったりしないように」
先生が説明した後、席に座った。そのあと、いつものように連絡事項を告げて朝のホームルームは終わった。
先生が教室から出ていくと、みんな一斉に興味津々な視線で自分の方を向いた。
「川原さん」
隣の席の女子生徒が話しかけてきた。キモイとか、変態とか、言われるのかなと身構えて次の言葉を待った。
「カワイイ!女の子になりたいの気づかなくて、ごめんね。これから、女の子同士仲良くしようね」
可愛くないのは自分でよく分かっているが、お世辞でも「カワイイ」と言ってもらえると嬉しかった。それに、他のみんなも歓迎ムードで心配していたことは杞憂で済んだ。
◇ ◇ ◇
「川原さん、お昼ごはん一緒に食べよ」
昼休み、お弁当を持って女子たちが集まってきた。先週までは、女子たちと一緒にお弁当を食べることも無ければ、話しかけられることもなかった。
女の子になってから、急に距離が縮まった。でも、不思議と邪な気持ちは湧いてこない。
ただ、一緒に話しながらお弁当食べて、笑い合うのが楽しい。
この楽しさが続くなら、このまま女の子でも良いかなと思いながら、玉子焼きを口に入れた。
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