男子校の姫
進路指導室の真ん中に置かれたテーブルをはさんで、母と担任の先生が難しい顔をしながら話し合っているのを、皆川健太は居たたまれない気持ちで見ていた。
「この成績だと、進級は難しいですね」
「そこを何とかなりませんか?高校で留年なんて、恥ずかしいです」
テーブルの上には、僕の通知表が置かれている。定期テスト、校内模試、すべてが散々たる成績だ。
健太が通う高校は進学実績も良く、部活動もさかんな地元では有名な男子校であった。高校受験の時に玉砕覚悟で受験した結果、運よく合格することができたところまでは良かったが、その後が良くなかった。
高校入学後は授業について行けず、成績はいつも最下位。勉強もできてスポーツもできるクラスメイトに引け目を感じてあまり交流もできず、いわゆる陰キャラ、ボッチな存在のまま高校1年生を終えてしまっていた。
「補習でも、追試でも何でもするので、どうにかなりませんか?」
母が先生に頭を下げて、再度お願いをしていた。そんな母の姿を見るのも辛い。出来の悪い息子でごめんと心の中でつぶやいた。
「従来なら機械的に留年させるところですが、今日はご相談があってお呼びだてしました。」
先生は内線電話をとり、手短に連絡を済ませると再びこちらの方を向いた。
「最近、LGBTに配慮して多くの学校で女子の制服にスラックス導入されることはご存じですか?」
「はい、よくニュースで見かけますね」
「実は当校にも、あるんですよ。あまり知られてないんですけど」
「あるって、何がですか?」
その時、ドアをノックする音が響いた。
「ちょうど、きたみたいなので、見た方が早いですね」
進路指導室に制服を着たマネキンが運び込まれてきた。僕が今着ている制服とほとんど同じだが、青と白のネクタイがリボンになっており、ブレザーも合わせが逆で、なによりスラックスではなくスカートであった。
「先生、これは?」
「やっぱり、皆川君も知らなかったか。実は、うちもスカートタイプの制服あるんだよ。LGBTに配慮して3年前にできたけど、いままで誰も着たことはない」
LBGTだったとしても、スカート履いて登校するのはかなりの勇気がいる。
「人口の0.7%が心の性と体の性の不一致で悩んでいると言われている。うちの学校は、1学年400人。つまり1学年に2~3人、そんな生徒がいても不思議ではない。それと皆川君、ファーストペンギンって知ってるかい?」
「最初に海に飛び込むペンギンの事ですか?一匹飛び込めば、あとは次々に飛び込んでいくやつですか」
「そうだ。だったら、話は早い。この制服も同じで、誰か一人がスカートを履くようになれば、潜在的にいたLBGTの生徒もスカートを履きやすくなると思う。そこで皆川君、2年生からこの制服を着てくれ。それが進級の条件だ」
僕がスカート履くの?先生の表情はいたって真面目で、冗談を言っているようにはみえない。
「それで、健太は進級できるんですか?」
「あと課題提出はありますが、それをやってもらえれば進級できます」
「でも僕、LBGTじゃないですよ」
「そこは話を合わせて、以前から心と体の性の不一致で悩んでいましたという設定にしてもらう。どうする?」
このまま留年するのと、スカート履いて2年生になるの、どっちがいいか悩ましい。
「まあ、スカートで学校に来るのも恥ずかしいだろうから、学校にきてから着替えてもいいぞ」
返事を渋っている様子をみて、先生が妥協案をだしてくれた。たしかに学校の中だけなら、どうにかなりそう。そう思って、母をみると母も乗り気な表情だった。
「わかりました」
「それでは、お母さまもご家庭でのフォローよろしくお願いします」
まだ話があるということで先生と母を残して、先に帰ることにした。帰宅後は、早速もらった課題に取り掛かった。
2時間ほどかけて数学の課題が数ページ終わったところで、玄関のドアが開く音がした。母が帰ってきたみたいだ。
「ただいま。いろいろお買い物してたら、遅くなっちゃった」
「買い物って何を?」
「健太の服と下着よ。ほら、早速着てみて」
母から袋を渡されると、中にはスカートをはじめとした女性物の服とブラジャーなどの女性下着が入ってあった。
「なんで、着替えるの?スカート履くのは学校だけじゃないの」
「家庭でも女の子として扱ってくださいって、先生に言われたのよ。学校にいるときだけ女の子にしていれば良いと思うとボロがでるって」
「ボロが出るって?」
「忘れたの?健太は、女の子になりたい男子という設定なの。それなのに、ガニ股で歩いたり、股広げて座ったりしたらおかしいでしょ。バレたら、LGBTじゃないけどスカート履きたい男子って、余計変になるわよ」
確かに言われてみれば、心の性が女の子でもないのにスカート履いているとばれると、単なる女装でみんなから嘲笑されるだろう。
母から買ってもらった下着と服に着替え、スカートの心もとなさとブラジャーの締め付け感に戸惑いながら健太の女子高生生活が始まった。
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