女装が仕事の新規プロジェクト

 アパレルメーカーに勤める漆原は朝出勤すると、コーヒーを片手にメールチェックを始めた。

 取引先のメールに混じって、人事部からの社内メールがあった。件名は「人事異動」となっていた。特に興味はなかったが一応目を通すために、メールに添付してあるファイルを開くことにした。


 産休に入る社員や中途採用の社員のお知らせに続いて、部署異動の欄に思いがけない名前を見つけた。


「漆原誠司 営業部第一課より企画部第四課に異動」


 ちょっと待って、俺が異動だって?聞いてないよ。普通、事前に本人には知らせれるべきだろう。思わずコーヒーを吹き出しそうになってしまった。


「課長、俺、異動なんですか?聞いてないですよ」

「ああ、すまん。急に先週決まって言おうと思ったけど、お前さんいつも営業先に行っててあまり社内にいないだろ」


 たしかに営業先に行ってくると言っては、いつも営業車の中でスマホしたり、昼寝したりとサボっていた。


「まあ、そうですが。でも、企画部って三課までしかなかったですよね?」

「ああ、今度から新しくできるらしい。なんでもプロジェクトが始まるらしいぞ。良かったな、新規プロジェクトの立ち上げに参加にできる機会なんてあんまりないぞ。明後日から異動だから、今日と明日で引き継いでくれ」


 課長にポンと肩をたたかれ話は終わった。サボってばかりだったので営業成績は悪かったが、課長の顔にはお荷物社員がいなくなって良かったと書いてあるようだった。


 それから慌ただしく引継ぎを行い、送別会もないまま異動となった。デスク内の私物をまとめ、企画部のある3階のフロアへと向かった。

 企画部四課と書かれている部屋のドアをあけると、小さな部屋にデスクが窓側に一つ、手前側に二つ向かい合わせおいてあった。


「漆原です。これからよろしくお願いします」


 窓側の席に座っていた女性に挨拶した。デスクも手間に置いてあるのより大きいし、椅子にはひじ掛けも付いているから、多分この人が課長なんだろう。


「漆原さんね。よろしく。課長の長野紗耶香です。もともと会議室だったところを使っているから狭くて、ごめんね。新規プロジェクトが成功したら、大きな部屋もらえると思うから頑張ろ」


 おそらく歳は30ちょっと過ぎで自分より年上だ。長身でスリムな体形に、パンツスーツが似合っており、女性ながらカッコいいと思ってしまう。


「それで、新規プロジェクトって何ですか?何も聞かされてなくて」

「ああ、そうなの。簡単に言えば……」


 課長が言いかけた時、後ろからドアがノックされる音が聞こえ、続いてドアが開いて段ボールを抱えた水色のワンピースを着た女性が部屋に入ってきた。

 見た感じ20代前半で28になる自分より年下に見えるその女性は、持ってきた段ボールをデスクの上に置くと、長野課長のもとへと駆け寄りハグし始めた。


「また長野主任と一緒に働けて嬉しいです。あっ、すみません、今課長ですよね」

「私も山田さんと一緒に働けて嬉しい。新規プロジェクトメンバーに山田さんが欲しいって、部長にお願いしてたの」

「私も嬉しいです」


 二人は手を握って上下に振って、嬉しさを表現している。女性の名前は山田さん、どうやら長野課長の部下として働いたことがあることを二人の会話から察した。


「あの、盛り上がっているところ悪いですが、新規プロジェクトって何ですか?」

「あっ、ごめん。話途中だったわね。簡単に言えば、女装専門ブランドの立ち上げよ。詳しくは、この資料をみて」


 長野課長は企画会議に提出されたと思われる資料を手渡してきた。


「女装って、どういうことです?」

「そこの資料にも書いているように、最近はファストファッションの台頭で売り上げ減が続いている現状を打破するための、新ブランドよ」

「そんなに女装する男っているんですか?」

「LGBTが認められてきている時代だから、いままで我慢してきた人も本当の自分の姿で生活したいって人が増えてくると思うの。それに『男の娘』とか『女装男子』って知ってる?トランスジェンダーではないけど、男でもスカート履きたい人が増えてきてるの」


 LBGTは最近のニュースでよく耳にするので知ってはいたが、それと仕事と関係してくるとは思ってもみなかった。


「女性の服って当たり前だけど女性が着るように作られているから、男性の体型で着ると無理がでてくるの。そこで、男性でも着れるスカートとかワンピース作れば売れると思うの。まだ他社は参入してないから、安売り合戦に巻き込まれることもないしね」


 自信満々で語る課長をみていると、成功しそうな気がしてきた。


「それで、具体的には何の仕事をすればいいですか?」

「まず、山田さんはデザイナーとデザインの打ちあわせをしてもらうとして、漆原さんには女装してもらいます」

「どういうことです?」


 まさか自分も女装するとは思わなかった。もちろん、俺には女装の趣味もないし、女性になりたいと思ったことはない。


「女装しないと、女装している人がどのあたりで悩んでいるか分からないでしょ。それに試作品できた時のモニターもしてもらいたいし」

「いや、ですよ。スカート履くなんて恥ずかしいし」

「嫌ならそれでもいいよ。その代わり、配送センター勤務になるけど。営業部もお荷物だって言ってたから帰る場所はないから、あと空いている部署と言えば配送センターしかないけど、そこに行きたい」


 ネット販売に対応するための配送センターは、土地を確保するために辺鄙な場所にあり、土日の注文にも対応するためシフト制となっており人気がない部署でもある。当然、俺も行きたくはない。


「わかりました」


 その返事で、俺の女装生活が始まった。


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