第19話 世界一ワガママな想い
巻き尺を持ったリンカさんに体中のあちこちを測られて、解放されたのは日が暮れ始めてからであった。
採寸以外にも、どういう色やデザインがいいかとか、早く仕上げる為にここは我慢してほしいとか、詰めた話もしていたので時間がかかったのだ。
「では、ミルフォリム様。四週間ほど、お時間を頂きたいと思います」
と、リンカさんが驚きの期間を提示して来た。
「え? そんな短期間で仕上がる物なのですか?」
「いえ。正確には、残りの日数は実際にドレスを着て頂いて、微調整に充てたいと考えています」
「なるほど、そうなのですね。わかりました、お任せ致します」
「ご理解いただき、ありがとうございます」
リンカさんは私に軽く一礼すると、すぐにキリヤ様へと顔を向けた。
「お代は?」
「いつも通り、言い値で良い。あと、彼女に合う靴も見てくれないか? 必要な小物も含めて、領収書は全て俺宛てで城に送ってくれ」
「かしこまりました」
「キ、キリヤさま……?」
「さぞ、お疲れになられたでしょう。帰りましょうか、ミルフォリム様」
彼はそれだけ言うと、お店の外へと出て行ってしまった。
「え、あ、ちょ、ちょっと……えぇーっと。すみません、リンカさん。また後日お伺いします!」
「はい、またのご来店をお待ちしております。ミルフォリム様」
私は彼女に軽く会釈をして、慌ててお店を飛び出した。と、慌てる必要もなく、すぐそこでキリヤ様は待っていてくれていた。
「キリヤ様」
「そうだ。ミルフォリム様、お腹は空かれていませんか?」
「す、少しだけ……」
「では、どこかで食べて帰り……」
はぐらかそうとする彼の言葉を、私は遮った。
「ドレスと靴、他諸々の代金。私が自分でお支払いします」
「……気に入りませんでしたか?」
「そ、そうではないのですが。私、今まで自分の事は自分でしてきました。それにドレスや靴の代金なんて、とっても大金ですので、その、心苦しいと言うか、何と言うか……」
キリヤ様が、私にプレゼントして下さろうとしているのは分かっている。
でも、彼の気持ちを素直に受け入れる事が、今の私にはまだ出来なかった。人に頼らず生きて来たと言う私のプライドが邪魔をして、素直に好意を受け入れられない。
そんな風に思っていた私に、キリヤ様は謎の提案を持ちかけて来た。
「では、こういうのはいかがでしょう? ドレスや靴の代わりに、あなたの特別を俺に頂けませんか?」
「わ、私の特別? ですか?」
特別、とは一体どういう意味だろうか。彼の言ったその言葉の意味が理解出来ずに、私は戸惑った。
「はい。あなたの特別を、俺だけの特別にしたいのです」
「私の特別を……キリヤ様だけの特別に……」
彼から問われた不思議な謎かけに、私はしばし思案する。
私の特別とは何だろう。物かな、いや、それとも想い出かな?
大切にしている宝石や硝子瓶はなんか違うし、それに想い出なんて、そもそもあげられる物ですらない。
あ、アルメリア! は、命と同じくらい大切な家族だし。う~ん……私の特別が、彼だけの特別に成り得る物って一体なに?
口元に手を当てながら、私は彼から出された謎かけを一生懸命に考えた。ドレスや靴の代金は別として、なんとか答えを出して、彼の期待に応えたいと思ったから。
「すみません、少し突然すぎましたね。この話はいずれまた……」
そう彼が何かを言いかけたその時、私の中でちょっとした閃きが発生した。
「……フォリィ」
「え?」
「私が唯一愛した人。世話係のシエラが呼んでくれていた、幼少時の私の愛称です。彼女以外に、誰にも呼ばせた事はありません。私の特別……かな?」
「そんな大切な愛称を、宜しいのですか?」
「ええ。キリヤ様になら、シエラも許してくれると思います。どうでしょうか?」
「……うん、とても素晴らしい特別だ。フォリィ。いいな、フォリィ」
彼は心に刻む様に、繰り返し私の愛称を言葉にしていた。嬉しそうな表情で、何度も、何度も繰り返していた。
彼のそんな姿が、とても愛おしかった。
もしかしたら、キリヤ様もドレスをプレゼントすることで、私のこんな姿が見たかったのだろうか。自分がしてあげられることで、想いを寄せる人が喜ぶ姿を。
そんな風に考えると、心がどうしようもなく切なくなった。
私がもっと素直になれば、彼のこんな姿がたくさん見られるのだろうか。
私は彼の事をもっと知りたい。
彼の喜ぶ顔を見たい、彼の声を聞きたい、私の知らない彼を知りたい。そして、彼と触れ合って……温もりを知りたい。
大好きな彼との間に誰も入ってこれないくらい、距離を詰めて抱き合いたい。
そんな世界一我儘な想いが、私の胸の中を満たしていく。
「キリヤくん。私、お腹がペコペコです。フワフワの白いパンに、あ、それと温かいシチューが食べたいかな」
「えっ」
彼は一瞬、驚いた表情をしていたが、すぐに笑顔になった。
「あぁ、わかった。それじゃ、大通りから少し外れた通りの店に行こう。美味しいシチューを出す店があるんだ」
「うん、そこがいい。行こう、キリヤくん」
────彼を独り占めしたい。
私はキリヤ君の手にそっと触れる。すると、彼は私の手を優しく握り返してくれた。知りたかった彼の温もりが、じんわりと伝わってくる。
とても自然だった。今までそれが当たり前だったかの様に、私と彼は手を繋いでいた。そして、真横に立っている彼から漂ってくる、仄かな香水の匂い。
(これってチェリーブロッサムかな)
私は、その香りをしばし楽しむ。
「それじゃ、行こうか。フォリィ」
キリヤ君への確かな想いを胸に、私は彼と夕焼けに染まったオレンジ色の通りを歩き出した。
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