第18話 男の人と初めてのおでかけ

 天幕での出来事から数日後、キリヤ様と二人で出かける約束をしていた。


 私は朝から浮ついた心を抑える事が出来ずに、ソワソワしっぱなしだった。と言うか、前日からすでに落ち着かなくて、夜も全然眠れなかった。


 「男の人と、初めてのおでかけ……」


 そんな未知のイベントに、胸が高鳴りっぱなしだったのだ。


 学生時代は脇目も振らずにずっと勉強ばかりしてきた生活だったし、卒業してからも、絶対に自分の力だけで成功させるんだとお店一筋だったから、男の人と二人で出かけることなんて一度も無かった。


 そもそも、四年間の学院生活の中で、男の人と親しく話すこと自体がなかった……と思う。


 まず、飛び級で学院に入学した私は、同学年と言っても周りが年上ばかりで、女性とも話をすることはあまりなかったし、それに医療学院に来る学生は、ほぼ貴族の御子息の集まりで、学友は全て敵だって感じの態度で、凄くドライだったから。


 仲良くするとか、そう言う以前の問題だった気もする。


 「いやいや、昔を懐かしんでいる場合じゃない。早く着替えないと」


 そんな、あまり人付き合いをしてこなかった寂しい学生時代を思い出しながら、私は出かける準備に取り掛かっていた。


                 ◇◆◇◆


 すでに、太陽は真上から少し傾き始めていた。


 「ちょっと、遅くなっちゃったかも」


 準備を終えて、お昼を軽く済ませた私は急ぎ外へと飛び出していた。


 水色を基調とした白のワンピース、胸元にはシンプルなルビーのネックレスに、それと最近王都で流行の赤いハイヒール。私は今持っている物の中から、出来る限りのオシャレをして、昼下がりの商業区へと繰り出す。


 ”カラン、カラ~ン”と高い塔の上に設置された鐘の音が二度鳴り響き、午後二時になった事を教えてくれていた。


 「ちょっとどころじゃない。過ぎちゃった……」


 予想以上に着替えに手間取り、キリヤ様との待ち合わせの時間に遅れそうだった。初めてのお出かけで、相手を待たせるだなんて失礼過ぎる。


 少しでも早く待ち合わせ場所に着くために、私は人通りの多い通りから少し外れて、小さな路地を抜けようと足早に歩き始めた。


 と、その時。


 「こんにちは、ミルフォリム様」


 背中から、大好きな声で呼び止められた。


 「え? こんにちは、キリヤ様……って、なぜこちらへ?」


 振り返ると、そこには着物姿ではない真っ白な軍服姿のキリヤ様が立っていた。着物姿もいいが、スラっとしたボディラインが窺える軍服姿も、とても素敵だった。


 「少しでも早くあなたに会いたくて、この辺りで待っていました」


 と、彼は爽やかな笑顔で言ってのけた。


 「そ、そういうことを、あなた様はサラッと言ってしまうのですね」


 「え?」


 「いえ……なんでもありません」


 今の反応を見る限り、キリヤ様自身、あまり自覚は無いみたいだ。そんな彼の顔を見て、私の心の奥がキュっと締め付けられる。


 「では、参りましょうか。俺が贔屓にしている仕立て屋は、この道を貴族街方面に歩いてすぐです」


 「ええ、わかりました」


 今日は、来月末に控えた妹の婚約披露パーティーへ着ていくドレスの採寸の為に、二人で仕立て屋に向かう事となった。


 私は王族や貴族が集まる様な場に出られるドレスなんて持ち合わせていなかったから、一から作らなければならなかった。ドレスなんて、いくらシンプルな物であったとしても、二か月とか三か月はかかるだろうと悩んでいると、仕事の速い職人がいるとキリヤ様が教えて下さったのだ。


 「着きましたよ、ここです」


 彼の後について歩くこと五分ほど。石造りの建物が並ぶ中に、一軒だけ赤色のレンガの建物が現れた。


 掲げられた看板には、ヒナギク洋裁店と書かれている。


 「どうぞ、お入りください」


 キリヤ様は、その店の扉を開けて入る様、勧めてくれた。


 「ありがとうございます」


 彼に勧められるまま店内へ入ると、シルクやコットンなどの生地の匂いと、マネキンに着せられた色とりどりの洋服が私を出迎えた。


 「すごい……」


 美しいドレスの数々に感動を覚えていた私へ、カウンター越しに立っていた女性が挨拶の言葉を口にする。


 「いらっしゃいませ、ミルフォリム・エルドラン様」


 短かめ切り揃えられた黒髪を揺らしながら、彼女は深々とお辞儀をした。


 「え? あ、どうも」


 私も慌てて会釈を返す。


 視線の先に居る女性は、とても変わった雰囲気を纏っていた。言葉で表現するのがとても難しいが『刃物のような人』と言う印象を受けた。


 一目で人を惹き付ける妖艶な美しさと、触れただけで指を切り落とされそうな鋭利さを持ち合わせている刃……そんな感じ。


 「リンカ、今日はよろしく頼むよ」


 「はい、タチバナ様」


 キリヤ様にリンカと呼ばれた彼女は、前掛けのポケットから巻き尺を取り出すと、音もなく、あっという間に私へと近づいてきた。


 「ひぃっ!」


 鼻の先まで近づいてきた彼女から香る、どことなく甘さを感じられる香り。


 これは白檀びゃくだんだろうか。香木の様な、お香の上品な香りが漂ってきた。


 「ミルフォリム様。早速、採寸致しますので、どうぞこちらへ」


 「は、はいぃ……」


 鋭い目つきで二コリとも笑わない彼女の圧に負けて、私はそのまま暗くて狭い奥の部屋へと連れて行かれた。

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