第17話 私、あなたをもっと知りたいです。

 「ミルフォリム様は覚えていらっしゃらないかもしれませんが、俺は学生時代のあなた様と一度、お会いした事があるのです」


 「王立学院時代の私と、ですか?」


 私は思い出せるだけ、過去の記憶を辿っていく。


 「はい、そうです。騎士叙任式の余興だった闘技大会。その決勝戦の前に、あなた様は俺のケガの手当てをしてくださったのです」


 「も、もしかして……あの時の、白い仮面の騎士様?」


 確かにあの時、白い仮面で顔全体を覆った変わった騎士様の傷の手当てをした覚えがある。ただ、他にもたくさんの人の手当てをしていて、忙しかったから、詳しくは覚えていないけども。


 「そうです。俺は人と対峙する事がどうも苦手でして、今でも狐の面で顔を隠さないと、付き合いの浅い人間、特に女性とは会話も出来ません。ホント、難儀な性格であります」


 それで、あのような変わった物を付けていたのかと納得した。


 「あの日も、大勢の観客に見られたり、初めて会う人間ばかりで、視線が気になってしまい、仮面を付けて大会に出場しました。ですが、仮面のせいで視界が少しばかり狭まるので、そこを突かれてケガを負ってしまうことに……」


 まぁ、そうだろうなぁと思いながら、私は頷く。


 「俺にとっては大した傷では無かったのですが、『小事が大事です』と、あなた様は一生懸命に手当をしてくださいました」


 「え、わ、私、そんな事を言いましたか?」


 「はい。力強く、俺を叱る様に言ってくれました」


 全く覚えていないし、なんか偉そうでごめんなさい。


 「それで、その時からずっと思っていた事があるんです」


 「?」


 「俺が結婚するなら、こういう人だなって」


 「……え」


 (えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!)


 心の中で、そう叫んでいた。そして、落ち着いたはずの胸の高まりと、言い表せない感情が再び私へと襲い掛かる。


 「俺、自分の事となると無頓着のようで、そういう所を注意してくれたり、叱ってくれる人がいると、いいなって思う事があるんです。いや、気にかけてくれる人って言うのが正しいのかな?」


 「そ、そうなのですねぇ……」


 テンパり過ぎて、なんだか適当な返事を返してしまった気がする。


 「だいぶ後で知ったのですが、手当してくれた学生が婚約者のミルフォリム様だと知った時は、とても嬉しかった。この人だと思った女性と生涯を共にできるのだと思ったら、心の底から……嬉しかったです」


 「~~~~~~~っ!」


 生涯を共に。


 それって二人でって事だし、男と女ってことだし、夫婦ってことだよね。私とキリヤ様が、ずっと一緒に……


 そんな事を、言い淀む事無くサラッと言ってきたキリヤ様。


 なんだか目の焦点が定まらなくて、彼の姿が二重にも三重にも見える。心臓はドクドクと脈打つし、全身を駆け巡る血液が滾るかのように熱い。カラッカラに喉が渇いていくのを感じた私は、慌ててティーカップを掴むと一気に中の紅茶を煽った。


 ベルガモットの香りも、紅茶の味も、まったくしなかった。全ての感覚を失ったのではないかと錯覚するほどに、なにも感じられなかった。


 「ミルフォリム様の謝罪、しかと聞き届けました。ですから、そんな風に自分自身を卑下しないで下さい。俺にとってあなたは、生きていく上でとても大切な存在なのですから」


 「うぅぅぅぅ……」


 多分、キリヤ様は自虐的な発言をした私をフォローしようと言ってくれているに違いない。それは、彼の真剣な表情と声色でわかる。でも、私には何と言うか、告白の様に聞こえてしまって、恥ずかしさに心が悶えていた。


 「だ、大丈夫ですか、ミルフォリム様。お顔が真っ赤ですし、なんだか苦しそうに見えますが?」


 「だ、だ、だ、大丈夫です! その、あの、私、殿方からそんな風に言われるの、な、な、慣れていなくて! ですので、大丈夫です!」


 「本当に大丈夫ですか?」


 「は、はい……お構いなく……」


 そんなやりとりの後も、彼は自分で何を言ったのかを理解していない様子だった。


 「す、すみません。やはり、俺の様な者がミルフォリム様の謝罪を受け入れるのは失礼なのでは……」


 「い、いえ、違うんです……全然、大丈夫ですから」


 私はそのまま、俯いた。胸の想いを伝えてくれたキリヤ様の顔が眩し過ぎて、まともに見ていられなかったから。


 だけど、彼がそんな風に思っていてくれたなんて思いもしなかった。


 お店で話してくれた時、彼は自分には責務があると言っていた。だから、そこに彼の感情は無く、みなしごの自分を騎士にまで育ててくれた陛下と、私の父である教皇が決めた婚約を恩義の為にこなすだけ、そう思っていたのだ。


 でも実際は、私の事をずっと前から知っていてくれていた。こんな、聖女でも何でもない私なんかを見てくれていた。


 サリスアム神教の聖女ではない、有りのままの私を大切な存在だと言ってくれた。その事が、凄く嬉しい。


 彼は、正直に自分の心内を語ってくれたのだから、私も彼に対して正直な心内を語らなければならないと思う。


 私の胸にあるこの想いを、彼に伝えたい。


 「俺、少しばかり、余計な話をしました。ホント、何を言ってるんだろうか。あの、ミルフォリム様、今の話は忘れて下さって結構で……」


 「キリヤ様」


 「は、はい?」


 「私、あなたの事が知りたいです。だからもっと、あなたと一緒にいたいです」


 「……え?」


 赤かった彼の顔が、増々、赤く染まっていく。


 「親の勝手に決めた良く知らない人物との婚約に困惑して、駄々をこねてあなたを追い返してしまいました。本当に恥ずかしい限りです」


 「い、いえ、そんな!」


 「ですが、キリヤ・タチバナという人物を知れば知るほど、あなたの事をもっと知りたいと思いました。私はあなたの声が好き、相手を気遣うあなたの優しい心が好き。だから、あなたと一緒に同じ時間を過ごして、あなたが好きだという物をもっと共有し合いたい。私は、もっと、もっとあなたの事が知りたいのです」


 「ミルフォリム様……」


 「ですから、お願いします。私との婚約の話、進めては頂けないでしょうか?」

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