第16話 受け入れられない謝罪

 美味しいクッキーと紅茶を十分に堪能したところで、私は改めて、ここに来た理由を思い出していた。とにもかくにも、先日の私の取った無礼な態度をキリヤ様に謝罪しなければならない。


 その為に、今日は彼に会いに来たのだから。


 「ミルフォリム様、いかがされましたか?」


 そんなに思いつめた様な表情をしていたのだろうか。私の顔を覗き込んで、キリヤ様は心配そうに声をかけてくれる。


 「いえ、なんでもないのですけど……あの、キリヤ様。ひとつ、お聞きしても宜しいでしょうか?」


 「はい、なんでしょう」


 「先日来られた時に、婚約の話を納得はしないで、理解だけすればいいと仰ったのは、どういう意味だったのでしょうか?」


 「……あ、あぁ、あれですか」


 私はどうしても、それだけは謝罪する前に聞いておきたかった。何故なら、彼の返答次第では謝罪の意味と範囲が変わってくるから。


 「あれは、婚約披露パーティーだけでも良いので、わたくしと一緒に出席して頂きたかったからです」


 「と、仰られますと?」


 「……わたくしをここまで面倒見て下さった陛下と教皇様に、大切なお披露目の場で恥をかかせたくなかった、ただ、それだけです。ですので、婚約の話を納得せずに理解だけして頂いて出席して貰い、それさえ終わってしまえば、ミルフォリム様のご意思で婚約は破棄して頂いても構わないと、お話をするつもりでした」


 ────何となくだけど、そんな気はしていた。


 「そうだったのですね……お答えいただき、ありがとうございます」


 「いえ、ご納得頂ける答えであれば、幸いです」


 やはり、私の早とちりだった。ひとりで勝手に、被害妄想を抱いてヒステリックになっていただけだったのだ。先日の件は、すべて私が悪い。


 「うん、私が全部悪い」


 「え?」


 「キリヤ様。先日は、大変失礼いたしました。わざわざ、婚約のご説明の為に足を運んで下さったのにも関わらず、あのような態度をとって追い返してしまった事。本当に申し訳ありませんでした」


 私は心からの謝罪の意を込めて、キリヤ様と目線を合わせる……多分、この辺かなぁと仮面を付けた彼の目線を探りながら。


 「……」


 お互い沈黙して、静かな時間が流れる。


 十秒ほど経ったかと思われた時、キリヤ様は静かに口を開いた。


 「ミルフォリム様が謝る必要なんてありません。突然に押しかけて、困惑するあなた様に、無理やりお話を聞かせようとした自分が悪いのです。ですので、寧ろ、非があるのはわたくしの方であります」


 彼は椅子から立ち上がると、腰を曲げて深々と頭を下げた。


 「先日は、大変失礼しました」


 「あ、頭をお上げください、キリヤ様! 私の方が悪いのであって」


 「いえ、わたくしが空気も読まずに先走った行動に出たせいです。あなた様は何一つ悪くはありません。申し訳ありませんでした」


 頭を下げたまま、そう言ってくれるキリヤ様。


 私を気遣ってくれるキリヤ様の気持ちは嬉しいが、このまま彼の謝罪だけ受け取ってしまっては、私の気が済まない。


 いや、そもそも私が悪いのだから、彼に謝罪を受け入れてもらわなければ困る。


 「キ、キリヤ様のお気持ちは分かりました。でもその前に、私の謝罪を受け入れて欲しいのですが……」


 「いいえ、そういう訳には行きません。わたくしは領地も持たない一介の騎士、あなた様は王族にも近しい、サリスアム神教の聖女様。その様な方の謝罪を、わたくし如きが受ける訳には行きません」


 「私はそんな大層な人間では……」


 「ミルフォリム様。これ以上、わたくしをからかわないで下さい」


 「からかうだなんて」


 と、私にとって困った展開になった。


 まさか、身分の違いと言う事で、彼が私の謝罪を受け入れようとはしてくれないなんて思いもしなかった。どうやら、城下町での生活が長い私の考え方は、貴族の方々や城内での常識からは、多少のズレやギャップがあるようだ。


 だとしても、私は絶対に彼に謝罪を受け入れて欲しい。そうしないと、心がモヤモヤし過ぎて、夜も満足に眠れそうにない。


 じゃあ、どうしたら彼は謝罪を素直に受け入れてくれるのだろう。


 問題が身分違いと言うことなら、私が今置かれている立場をキリヤ様にお話しすると言うのはどうだろうか。聖痕も無ければ高貴な人間でもないと理解して貰えれば、もしかしたら謝罪を受け入れてもらえるかもしれない。


 それに、婚約の件だってある。キリヤ様には、婚約者である私の現状と本当の姿を知る権利があるはずだ。私が聖女でも何でもないってことを。


 そう考えた私は、彼に向けて右手の甲を見せた。


 「ミルフォリム様?」


 「えっと、ですね。私って、そんなに大層な人間ではないのです。聖女として生まれてくる事を望まれたのに、全ての人の期待を裏切り、証である聖痕を持たずに生れて来た”出来損ない”なのです。回復魔法どころか魔法すらも使えず、父である教皇から見限られて、サリスアム神教の”恥さらし”とさえ呼ばれた娘です」


 「……」


 「そんな私を人目から遠ざける為に、幼少より病気で床に臥せていると父が広めました。私と言う人間は、誰からも敬われたり、愛されたりする資格のない存在です。ですので、謙譲語も丁寧語も必要ありません。彼らと縁を切っているも同然の私は、普通の町娘、ポーション屋のミルフィなのです。ですから、私の謝罪を受け入れては貰えないでしょうか?」


 私がそこまで話すと、彼はおもむろに付けていた狐の面を外して、テーブルの上へと置いた。湯気が出ているのではと思う程に、真っ赤に染まったキリヤ様の顔。そして、彼の綺麗な黒い瞳が、再び私と視線を交わせる。


 「そんなに自分の事を卑下しないで下さい、ミルフォリム様。周りからどのように思われようと、言われようとも、俺にとってあなた様は、大切な存在なのですから」


 「え?」


 大切な、存在? 


 私が、彼にとって大切な存在とは、どういう意味……なのだろうか。

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