第24話 ワガママ聖女 中編

 「あ~あ、まったく。これだから、頑固な中年の騎士は嫌なのよ。騎士道だか何だか知らないけどさ、時代遅れの下らないモノに拘っちゃって」


 吐き捨てる様にそう言うと、マリィはクルリと後ろへと振り返った。

 

 「さぁさぁ、シュバルツ。あんたも行きなさい」


 「え、えぇ? 俺もですか?」


 緑色の軍服を着た若い騎士様は、眠たそうな顔で自分自身を指差した。そして、ウェーブがかったクセのある髪をかき上げ、気だるそうに前へと出てくる。


 「いいから! 早くする!」


 「はぁ……面倒な事になった」


 シュバルツと呼ばれた騎士様は、目にかかるくらいまで伸ばした前髪をいじりながら、渋々とガイナバルト様の横に立った。


 「なぁ、アシュガ。もう、いいじゃん。こんなの今に始まった事じゃないだろ?」


 「緑の騎士、シュバルツ・ハルバード。君も、聖女の犬なのかい?」


 シュバルツ様は変わらず面倒だと言った表情で、アシュガ様へと話を続けた。


 「もう犬でも何でもいいからさ、面倒なんて起こさないで、大人しく会場から出ていってくれよ。俺はお前と言い争って、処分なんて受けたくないんだ」


  「嫌だね。今の僕はすこぶる機嫌が悪い。聖女のドレスを焼き払い、ここにいる貴族たちの目の前で、大恥をかかせてやるまでは気分なんて晴れやしない。彼女の醜態を、大勢の人間の記憶に刻み込ませてやるまで、出て行く気はないよ」


 アシュガ様は指を鳴らして、自分の指先に炎を灯す。飴玉程の炎は、徐々に大きくなっていく。


 「えぇ、それってさぁ。君の責任だけで済む話なの? 下手すりゃ首は飛ぶだろうし、家にまで面倒をかけることにならない?」


 「ハッ! あんな家、どうなろうと知った事じゃないさ」


 「いやいや、お前どんだけクレイジーなんだよ……はぁ、エドガー侯爵。あなたの娘さんは、とんでもない思考をお持ちですよ」


 シュバルツ様はやれやれと首を振りながら、大きな溜息をついていた。


 今のところ、まだ大事には至っていないが、このままでは取り返しのつかない事が起きてしまうのではないかと私は考えていた。


 マリィが気に入らない人間を会場から摘まみだすだけの話が、アシュガ様の行動ひとつで王国内を巻き込んだ争いにまで発展しかねないところまできている。どこに、どのような火種が飛び、大事になるかわかったものではない。


 古来より戦争とは、小さな諍いや勘違いがキッカケで起こってしまう物だから。


 「ガイナバルト、シュバルツ。その女騎士を今すぐ叩きのめして」


 「いや、こんな所で剣を抜くワケには。それに、痛いのイヤだし……」


 そう言ったシュバルツ様は、心底嫌そうな顔をしている。


 「安心なさい。ケガをしても私が回復してあげるわ。世界に母様と私だけ、回復魔法の使い手である、このマリィ・エルドランに任せなさい」


 そう言ってマリィが右手を掲げると、手の甲にある円形の聖痕が眩い光を放ちながら輝きだした。妹を中心に、瞬く間に暖かい光が広がっていく。


 「おお、なんと神々しい光であろうか。まるで、母に抱かれている様な、そんな優しさに満ち溢れている!」


 「これが聖女様のお力! 素晴らしい! 正に奇跡だ!」


 「なんだか、体が癒されて、元気になっていくのを感じる!」


 その暖かな光に包まれた貴族たちから、様々な声が上がり始めた。マリィを称え、聖女の奇跡に感動する声で舞踏場の空気が震えている。


 「そう! 私は聖女、マリィ・エルドラン! 女神サリスアム様に愛され、祝福された至上の存在! だから、私の言葉は全て、神の言葉なのよ!」


 そう、高らかに宣言するマリィ。


 「うぉぉぉぉぉぉ! 聖女マリィ万歳! 万歳!」


 煽られた貴族たちよって、会場全体が異様な雰囲気に包まれている。


 私はその様子を見て、狂気じみた怖さと、ある思いが湧き上がってきた。


 絶対に妹は間違っていると。


 人々に希望を与え手本であるべき聖女が、己の力をこれ見よがしに誇示して、あらぬ方向へと導こうとしている。自分の我儘を通したいが為に、立場と力を利用して人を貶めんとするそのおごり高ぶる様は、決して許されない恥ずべきことだ。


 そんな、大きく道を踏み外そうとしている妹を、私は見過ごす事が出来なかった。


 「いい加減にしなさい、マリィ! それが聖女たる者の振る舞いですか!」


 だから、気づいた時にはすでに大声で叫んでいた。


 「姉様?」


 マリィに釘付けだった全ての視線が、叫んだ私へと一斉に向けられる。


 「自分が気に入らないと言うだけで、騎士様たちをけしかけるなんて、聖女としてあるまじき行為です! 挙句の果てに人々を狂気に煽り、女神様から授かった大切な力を、自身の心を満たす為だけに振るおうなどと、言語道断! 恥を知りなさい!」


 私は妹を叱りつけていた。


 生れて初めて姉妹として交わそうとしている会話がこれだというのが、とても寂しいけれど。それでも、お父様もお母様も、好き勝手に振る舞う彼女を止めないと言うのならば、姉である私が止めなければならない。


 それが血のつながった家族の努め、そう思ったから。


 「ゴミ以下の出来損ないの姉様が、聖女である私に意見するの? エルドラン家の恥さらしである姉様が、この私に?」


 そう言った妹の目は、怒りに満ち溢れていた。


 「ふざけるのも大概にしてよ。聖痕を持たずに生れてきたクセに、偉そうに私に説教しないで。ホント、冗談でも笑えないんだけど」


 『聖痕を持たない?』『どういう事だ?』と、今まで黙って状況を見守っていた貴族たちが、マリィの言った事にザワつき始める。


 「私の事はどう言われようと構いません。ですから、今すぐガイナバルト様とシュバルツ様を引かせなさい。そうすれば、私が責任を持って、アシュガ様をこの場から退去させます」


 アシュガ様は意地になって、引くに引けない状況だった。だから、私が矢面に立ちこの場を預かることで、彼女は意地を収めて引くことが出来るはず。


 「ミルフォリム様……」


 私の名前を呟いたアシュガ様の指先からは、すでに炎は消えていた。


 「はぁ? 何を今さらな。すでに私は、その女がここから出て行くだけじゃ気が済まないところまできているのよ。ボロ雑巾の様な姿になりながら、泣いて謝る姿を見ないと、この苛立った心は収まらないわ」


 マリィは汚物でも見るかのような視線を、アシュガ様へと送る。


 「私も人の事を言えた立場でない事は理解しています。ですが、憎しみが強すぎてその様な浅ましい心でいるなんて、なんとも嘆かわしいことです。祖であるサリスアム様がお聞きになれば、さぞ嘆き悲しまられることでしょう」

 

 「なにそれ……さっきから偉そうに。もういいから、黙ってよ」


 黙れと言った妹の言葉を無視して、私は話し続ける。


 「少しでも、自分の心が恥ずかしいと思ったのなら、今すぐに……」


 「黙れって言ってんのよ! この出来損ないがぁ!」


 怒号を発すると共に、マリィは私に手の平を向けて突き出してきた。

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