第23話 ワガママ聖女 前編
貴族たちで犇めき合っていた人の壁が、真ん中から綺麗に裂けるように割れていく。そして、その中央からは満面の笑みで歩いてくるマリィの姿が見えた。
「まぁ、父様! 母様! そちらへ、おいででしたのね」
両親の姿を見つけた彼女は、嬉しそうにこちら側に向けて手を振る。大人びた見た目とは正反対な天真爛漫な笑顔に、私は奇妙な懐かしさを感じていた。
妹は私と違って幼い見た目の可愛らしい感じの女の子である。
クリっとした大きな目に、長めのまつ毛。他にも鼻や唇、輪郭なども丸みを帯びており、見る人に柔らかいイメージを与える。
私は細めの体形で性格も少し人見知りだが、マリィは控えめなぽっちゃり体形で明るい性格である為、可愛げがあって親しみやすい……のかもしれない。
そんな愛嬌の塊と言っても過言ではない私の妹は、ドレスの裾が翻るのも気にせずに、両親の元へと足早に駆け寄ってきた。
「はっはっは。マリィ、純白のドレスがとても似合っておるぞ」
「もう、マリィったら。そんなにはしゃいで、ふふふ」
「だって、とっても嬉しいんですもの! ダンデルト様にエスコートされながら、たくさんの方々に祝福されて、私、今とっても幸せですの!」
そう言って彼女は、人目も憚らずに無邪気な子供の様に、その場でクルクルと回りだした。
「まぁまぁ、はしたないですよ。マリィ」
「フフッ。ごめんなさい、母様。でも、今の私は、この喜びを体全体で表現したくて抑えられませんの」
六年ぶりに見た妹の、幸せそうな無邪気な笑顔。
それは、羨ましく思いながらずっと見て来た、あのマリィの笑顔だった。大きくなっても変わらない彼女の笑顔は、冷たい幼少期の思い出まで蘇らせる。
「……マリィ」
しばらく二人と談笑していたマリィだったが、私とアシュガ様の存在に気づくと、こちらへゆっくりと振り向いた。
「まぁ、どちらの御令嬢方かと思えば。家出した姉様と、跳ねっかえりのアシュガじゃない」
妹は頬に張り付いた自分の髪を手で振り払い、蔑む様な視線を私へと向ける。すでに彼女の顔から笑顔は消え失せ、冷たい表情を浮かべていた。
「アハハッ、跳ねっかえりって。どちらがですか? マリィ様」
いつも通りの軽口を返しながら、アシュガ様は妹へと一礼する。
「フン、相変わらず失礼な女ね。私はともかく、あんたなんかは実際そうじゃないの。大人しく侯爵家のお嬢様をやっていればいいのに、殿方に混じって毎日飽きもせずにチャンバラごっこ。それが跳ねっかえりじゃなくて、一体何なのかしら?」
「いやいや、あなた様ほどではありませんよ」
いつもと変わらない笑みを湛えて、アシュガ様はマリィに挑発的な返事を返す。妹は彼女のそんな態度が気に入らないのか、不満気な表情で睨み返していた。
「だから、あなたのそう言う所が大っ嫌いだって言ってんのよ。いつも涼しげな笑顔で嫌味ばっか言ってくるその態度が。ホント、気に入らないわ。こんなんでも精霊色の騎士だからってことで、大目に見てあげてきたのに」
やはりアシュガ様は、人に嫌われる才能をお持ちなのかもしれない。
「ガイナバルト!」
マリィがその名を呼ぶと、彼女の後ろに付いてきていた大柄の騎士様が前へと出て来た。青い軍服を着た三十代と思われる短髪の男性が、手を胸に当てて頭を垂れる。
「はっ、マリィ様」
「この生意気な女騎士のせいで、私、今とっても気分が悪いわ。すっごく目障りだから、サッサとここから摘まみだしてよ」
「で、ですが、マリィ様。城内での……いえ、王国の騎士同士の
「何言ってるの? そんなのイヤよ、待ってらんない」
「しかし……」
「ねぇ、ガイナバルト? 私がお願いしているのよ? 聖女の私の為に、これぐらい出来るわよね?」
そう言うと、マリィはガイナバルトよ呼ばれた騎士様の手にそっと触れる。妹の手に触れた彼は、お顔を真っ赤にされて俯かれた。
「ぎょ……御意」
ガイナバルト様はそう一言だけ返事すると、鍛え抜かれた立派な体躯を揺らしながら、アシュガ様の前までズカズカと歩いて来た。
「アシュガ殿、マリィ様の仰せである。即刻、この場から立ち去ってくれないか」
「アハハ、そんなのお断りだね。僕は団長代理の命で、この舞踏場の警備を任されているんだ。僕を追い出したいと言うなら、団長代理を通してよ」
「……そう言わずに、頼む。マリィ様の目に触れさえしなければ良いのだ。警備なら俺達もいる。だから、貴殿は入り口前に居てくれないだろうか」
「そこまで言うならさ、力ずくで追い出してみなよ。聖女の犬」
「なんだと?」
アシュガ様の挑発的な言葉に、ガイナバルト様は目を細める。
「青の騎士、ガイナバルト・ラダー殿。あなた、つまらない人間になりましたね。聖女のご機嫌ばかり窺ってさ。頭を撫でられて尻尾を振る愛玩動物そのものだ。ほらほら、わんと鳴いてみてくださいよ。クルっと回ってわんわんって」
「アシュガ、貴様っ!」
アシュガ様に屈辱の言葉を次々と浴びせられたガイナバルト様は、お顔を真っ赤にさせて、今にも掴みかからんとする勢いだ。
「気に入らない人間は片っ端から処罰していく。この我儘女のせいで、何人もの兵士や城で働く者が去っていったのを知らないワケじゃないでしょ」
つい数分前まで華やかさに賑わっていた会場の空気が、一気にヒリついていくのを私は感じていた。周りにいる貴族たちは、誰一人として口を開かずに、怯えながら事の成り行きを傍観している。お父様とお母様に至っては、何が可笑しいのか、どことなく笑顔でこの状況を見守っているようにも見えた。
────あなた方が止めないで、誰がこの場を収められるというの。
「貴様! 私だけならいざ知らず、マリィ様まで貶めるその発言、謹慎処分だけでは済まされんぞ!」
「好きに処罰すればいいじゃないか。だけど、このアランベルク王国を陰で支えてきた者たちを、ありもしない濡れ衣を着せ、失職や国外追放にしてきたこの
「ぐっ……」
ガイナバルト様は、苦虫を噛み潰したかの様な表情でアシュガ様を睨みつけている。そんなの言われずとも分かっていると、そう聞こえてきそうだった。
私には二人が話している内容は一切分からないけど、妹がこの城で横暴な振る舞いをしてきただろう事だけは何となくだけど理解出来た。
(マリィ、あなた一体何をしているのよ)
そんな二人のやりとりを見ていたマリィは、飽きたと言った表情でおもむろに”ぱんぱん”と両手を打ち鳴らした。
「はいはい、そんなくだらない話はもういいから、サッサとその小生意気な女を摘まみだしなさい、ガイナバルト」
「……」
黙ったまま返事を返さない事が気に入らないのだろうか。マリィの表情が、見る見る内に険しいものへと変わっていく。
「ねぇ、ガイナバルト? 聞こえていないのかしら。その女騎士を早く摘まみ出せと言ってるのよ。何度も言わせないで頂戴」
しかし、立ち尽くしたままのガイナバルト様は妹の問いかけには答えず、黙ってアシュガ様を見据えていた。
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