第22話 血のつながった家族

 金の刺繍が入った真っ白な軍服を纏ったダンデルト王子と、シャンデリアの光を反射して輝く、純白のドレスに身を包んだマリィ。


 二人の美しい出で立ちに、会場中の人々は思わず溜息を漏らしていた。


 「なんて、素敵なのかしら。お二人とも、あんなに輝いていらっしゃいますわ」


 「ダンデルト様は、第二王子のグスタフ様とは、また違った魅力のある方ですわね。とても、聡明で凛々しいお顔立ちをしていらっしゃいます」


 凛とした王子の姿に見惚れた貴族の御令嬢たちが、何とも楽しそうな声を上げている一方で……


 「ははぁ、あの方が聖女マリィ様ですか。たしかまだ、十六歳になったばかりだと聞いておりましたが、いやはや、なんともお美しい方ですな」


 「ええ、肩にかかるぐらいで切り揃えられた赤毛の髪も、長いだけが美しさでは無いと証明されるかのようにお似合いでいらっしゃる」


 「全くです。美しいと言葉は、彼女の為にあると言っても過言ありますまい」


 殿方たちもマリィのドレス姿に目を奪われて唸っていた。


 次々に聞こえてくる感嘆の声が、憧れという病気を次々に伝染させていく。


 その証拠に、あれほど私に浴びせられていたじっとりとした視線は、すでに羨望の眼差しへと変わり、王子とマリィの二人へと注がれていた。


 「あれが、今のマリィ。とても大人びていて、綺麗になってる」


 六年と言う歳月をすっ飛ばして、私の記憶の中に住んでいる十歳の女の子のマリィが、視線の先にいる美しく育った女性へと上書きされていった。


 「ふふっ。ミルフォリム様も、負けず劣らずお美しいですよ」


 「アシュガ様って、お世辞も言えるのですね」


 「それはまぁ、人並みには」


 そんな冗談を言い合っている内に、二人の姿は群衆の波へと消えていった。


 「ふむ、ここからでは見えませんね。もう少し近づいてみますか?」


 アシュガ様が、憧れ病を発症している人の壁を指差して見せた。


 「いえ、結構です」


 「妹君には会われないので?」


 「……会ったところで、話すこともありませんから」


 「そうですか」


 二人に群がる貴族たちを、私は遠くの出来事の様に眺めていた。今の私の目と心には、無縁の世界で生きる妹が、別次元の存在に映っていたから。


 (あ、そうか。今、私はマリィに嫉妬しているんだ)


 それは、幼少期からマリィを見る度にずっと抱いていた感情だった。私に無い物を妹は全て持っていたから、羨ましくて、妬ましかった。


 でも、今は違う。もう昔の私じゃない。今の私には、夢中になれる物もあるし、何より大好きな人がいる。こんな私を見てくれる、愛するキリヤくんがいるのだから。


 そんな風に考えていると、不意に聞きたくなかった人の声が聞こえて来た。


 「おや、そこにいるのは、エドガー侯爵家の御息女では?」


 「これは、猊下。ダンデルト王子とマリィ様のご婚約、おめでとうございます」


 アシュガ様は、手を胸に当て初老の男性に向けて頭を垂れた。


 「ははは、そんなにかしこまられるな、アシュガ殿。今日は良き日、楽にされるとよかろう」


 「はっ」


 絶対に会いたくなかった人物。私の父、ゴルダナ・エルドラン教皇。


 潔白と謙遜の象徴である真っ白な司教服を着用し、金色の刺繍が入った真っ赤なストールを首からかけていた。そして、立派に蓄えたその髭を撫でながら、嬉しそうに笑みを湛えている。


 「まぁ、見ない内にまた一段と美しくなられましたね。アシュガ・エドガー嬢」


 「大聖女ライナ様も、ご機嫌麗しゅう」


 父の後ろから、これまた煌びやかなドレスを纏った母、ライナの姿も見えた。


 「……お母様」


 二人は私の存在など気に掛ける事無く、アシュガ様の元へと歩み寄っていく。


 「あなたは警邏のお仕事中ですか?」


 「左様でございます。ですが、マリィ様のお姿を一目拝見したいと思い、団長代理に頼み込んで、会場の方へと回して頂きました」


 「まぁ、ふふふ。騎士と言えど、やはり女の子なのですね」


 「お恥ずかしい限りです」


 お母様は手に持った扇子で口元を隠しながら、アシュガ様と笑い合っていた。


 私には一体何がそんなに可笑しいのか、一ミリも理解出来ない。多分二人も、可笑しくて笑っているのではないのだろうと思う。挨拶がてら、社交辞令というやつだ。


 「おっと、わたくしばかりお二人とお話してしまい、大変失礼しました。ミルフォリム様」


 気遣い? いいえ、違う。この方の場合、絶対にワザとだ。


 「いえ、構いません」


 そう私が返事を返すと、これまたワザとらしく、お母様は今ごろ私の存在に気付いた様な表情をする。


 「まぁ、ミルフォリム。あなたも居たのですね」


 お母様の言葉に、お父様は笑った。


 「はっはっはっは。妹のマリィと違い、ミルフォリムは病気がちで話をしない子だったからな。いつからそこにいたのか、気づかぬことも多々合ったわ」


 嘘言わないで欲しい。幼い頃の私は、二人に対して事ある毎に話しかけていた。それを、無視し続けていたのはあなた方でしょうに。


 何より、病気で床に伏せてなどいない……


 「そうなのですね。今はとてもお元気そうなので、信じられないお話です」


 アシュガ様も全て知っていて、さも今知りましたみたいな口調で話す。


 「うむ、ようやく元気になってくれたので、こうして人前に出せるようになった。これからは、ミルフォリムにも妹を支えていってもらわねばならないからな」


 この場を一秒でも早く去りたかった。嘘を嘘で塗り固めていくお父様の言葉も聞きたくなかったし、これ以上の侮辱にも耐えられる気がしなかった。


 でも、ダメ。耐えなきゃダメ。


 だって、ここで私が帰ってしまったら、キリヤくんに恥をかかせてしまうことになるから、それだけは絶対にダメ。


 大好きな彼とずっと一緒に居る為に、私は彼の妻として、相応しい女にならなくてはならない。精霊色の騎士という、名誉ある騎士様の妻に、私はなるのだから。


 その為にも、ここはグッと堪えて我慢の時だ。


 「はい。微力ではありますが、聖女であられるマリィ様のお力になれればと、思っております」


 私はそう言って、下げたくもない頭を垂れた。


 「うむ、良い返事だ。これからも、よろしく頼むぞ、ミルフォリム」


 「とても良い心がけです。より一層、マリィの為に励んで頂戴」


 お父様とお母様の笑い声が、私の頭の中で響いていた。不協和音の音として。

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