第21話 例のあの人
「ミルフォリム様!」
その声に振り返ると、例のあの男装の麗人が立っていた。
「アシュガ様……」
周りの空気が少しづつ、ザワつき始める。
『え? ミルフォリム様?』と、そんな声でざわざわと……
「アハハ、やっぱりミルフォリム様だ。要人ともあろうお方が、こんなところでお一人でおられるとは、キリヤ殿はいかがされたのですか?」
軽快に笑いながら私の元へと歩いてくる、赤い軍服姿のアシュガ様。その姿に、周りの人たちは、厄介者を見る様な視線を向けている。
「おい、あれ。赤の騎士のアシュガだぞ」
「もし、あれが本当にミルフォリム様だとして、何故あんな変人と?」
「シッ! 目を合わせるなよ。少しでも気に障る事をしてみろ、どんな難クセをつけられるか、分かったもんじゃない」
途切れ途切れに聞こえてくる周りの声。考え方や価値観は違えど、この方に対する評価は私と同じなんだなぁと一人納得していた。
「えっと、キリヤくんは警備の事でお話があるとか。そう言って、そのまま詰め所へと向かいました」
「はぁ~? 何やってるんだか、あの仕事バカは。大切な婚約者をほったらかしにするなんて。まったく、騎士の風上にも置けない奴だなぁ」
「そんな。警備は大切なお仕事ですから」
「さすがはミルフォリム様。相変わらず、お優しい」
彼女はそう言うと、いつもの笑顔を浮かべていた。穏やかでいて、どこか冷たいその笑顔を。
「おや、そのお召し物」
「はい?」
「失礼」
そう言って、アシュガ様は私へと近寄ると、ドレスの端を掴んでジッと見つめた。
「ア、アシュガ様?」
「つかぬ事をお聞きしますが。もしかしてこのドレス、リンカの仕立てではありませんか?」
「え? えぇ……よ、よくお分かりになられましたね」
ただドレスの端や縫い目を見ただけで、リンカさんの仕事だと見抜いた事に、私は驚きを隠せなかった。
「ハハッ、やはりそうでしたか。いやぁ、あの女の仕事はいつ見ても素晴らしい。仕立てにしろ、掃除にしろ」
「掃除、ですか?」
仕立て屋と掃除に何の関係があるのだろうか、と疑問に思う。
「ええ、掃除です。それは見事な物ですよ……彼女の掃除は」
「そ、そうなのですね。一度、拝見してみたいです」
「ふふっ。いつか、見られるといいですね」
そう言って、アシュガ様はドレスの端から手を離した。
「は、はぁ……?」
なんだか要領を得ない彼女の言葉に、私は首を傾げた。
「あっと、そうだ。話は全然変わるのですが」
「はい、なんでしょうか?」
「ミルフォリム様は、聖女マリィ様の姉君であられるのに、親族が集まる貴賓室へは案内されなかったのですか?」
「それは……」
私は思わず言い淀む。
「……多分、父がそうしたことでしょう」
「と、言われますと?」
「王族と契りを結んだマリィと、私を区別する為だと思います。それに今回、この披露宴に私を呼んだのも、聖女としてのマリィの地位を確固たるものにするべく、姉である私が彼女へ忠誠を誓う姿を、皆に見せる為でしょう。ですから、マリィの婚約披露宴と言うよりも、父と妹の権力披露宴と呼んだ方がいいかもしれません」
「ふ~ん、なるほどねぇ。ミルフォリム様も、随分とご苦労をなされている」
「別に苦労などと思った事はありません。寧ろ、父らしいとさえ感じております」
「ハハッ、あなた様は我慢強いお方だ。
「え?」
「いやいや、戯言です、お気になさらずに」
────我儘聖女?
彼女が話した中で、私はその言葉が一番引っかっていた。
六年前に家を出て以来、両親はもちろん、妹のマリィにも一度たりとも会ってはいない。だから、最後に見た十歳のマリィの姿のままで、私の記憶は止まっている。
生まれてから、一言も言葉を交えた事のない妹のマリィ……
「もう、そろそろだと思うのですが」
「……」
すると突然、高らかに管楽器の音が会場内に響き渡った。
「お、噂をすれば、ですよ」
音に導かれ、私は視線を奥の大きな階段へと移す。
そこにはダンデルト王子と思われる男性と、私と同じ赤毛をなびかせるマリィの二人が、仲睦まじく、階段から降りてくる姿があった。
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