第9話 赤の騎士 アシュガ
「お前らも忙しいとは言え、もう少し言葉は選んだ方がいい」
「ア、アシュガ様!」
そこには、綺麗な装飾が施された真っ赤な軍服に身を包んだ女性が、腕組みをして立っていた。長いまつ毛と青く澄んだ瞳に、スッと通った綺麗な鼻筋。そして煌めくブロンドの髪をサイドアップで纏めた、
”男装の麗人”という言葉は、彼女の為にある言葉だと思えた。
「アシュガさ、ま?」
首を傾げる私を他所に、その場にいる兵士達は慌てて背筋を伸ばして敬礼する。
「彼女に対して、その様な態度と物言い。後でどうなっても知らんぞ?」
アシュガと呼ばれた騎士様は、脅す様な口ぶりで兵士たちに声をかける。
「で、では、この町娘……ではなく!こちらのお方は!?」
「ああ、そちらの女性は間違いなくミルフォリム・エルドラン様、その人だぞ」
四人の兵士達は一斉に私へと振り返った。
「ひぃ!」
皆さん、お顔がとっても怖いのですが……
「た、大変失礼致しました!ミルフォリム様!」
そして、私に対して、全員で一糸乱れぬ見事な敬礼をする。
「あ、いえ、お気になさらず」
「いいえ! 聖女であられるミルフォリム様に対して、数々の無礼な態度と物言い。死罪に値します! この不始末、
「で、ですからぁ……」
「私の首をはねるなり、煮るなり焼くなり、好きにされて結構です!」
「そこまでしないよぉ……」
「ですが、家族だけは! 妻と幼い子供だけは何卒! 何卒、助けては頂けないでしょうか!?」
彼らは真剣な眼差しで私の瞳を見据えている。先ほどまで私の事を雑に扱っていた人たちの目とは思えない、覚悟の決まった目をしていた。
その鬼気迫った迫力に、私は気圧される。
「気にしてませんからぁ! 皆さん、変な覚悟を決めないで下さい!」
「そ、それでは」
「私は怒っていませんし、誰かに言いつけるつもりもありません! ですので、あなた方の首も、ご家族の身も心配しなくて大丈夫です!」
「ホ、ホントでありますか?」
「はぁ、本当です……むしろ皆さまが見張りとして、立派にお勤めを果たしていらっしゃったと進言しても良いくらいです」
「おぉ、聖女様。正に聖女様だ……」
彼らは涙を流しながら、私に両手を組んで見せる。
「うぅぅぅ、それはそれで……困ります」
彼らに聖女様だと崇められる事に、私はとても複雑な気分になる。
「アッハハハ、良かったなお前ら。お優しいミルフォリム様に感謝しろよ」
アシュガ様は軽快に笑い飛ばしながら、そこに並んだ兵士たちの肩を順番に叩いていく。
そして、ゆっくりと私の前まで歩いてくると、右手を自分の胸に当てて一礼した。
「お初にお目にかかります、ミルフォリム様。わたくしは、アランベルク王より赤の称号を賜った近衛騎士、アシュガ・エドガーと申します」
「アシュガ・エドガー様……エドガーと言う事は、侯爵家の、御令嬢?」
「アハハ。華やかなドレスや装飾品で着飾って、貴族の男どもとダンスを踊るなど、わたくしの趣味ではないのです」
そう言って、彼女は笑みを浮かべた。
エドガー侯爵家は、アランベルク王国の西方にある軍事国家、デルムナント帝国と隣接する国境地を治め、数多くの武人を輩出している家柄である。
嫡子以外の子供たちは、王族の近衛騎士としても取り立てられていると聞いてはいたが、まさか御令嬢まで騎士になっているとは思いもしなかった。
「ミルフォリム様? わたくしの顔に、何かついていますか?」
私は慌てて、胸の前で小さく両手を振る。
「え? あぁ、いえいえ! 失礼しました!」
”それにしても、美しい人だな”と……しばらくボーっと見惚れてしまっていた。
「それで、キリヤ殿に会いに来られたと、聞こえたのですが」
「は、はい。そうなのです……今からキリヤ様に、お会いする事は叶いますでしょうか?」
アシュガ様はしばし沈黙したまま、私をジッと見つめてくる。
美しい彼女の碧眼は、とても不思議な感じがした。
見つめられる事が恥ずかしいと言うよりも、少しばかり恐ろしいと言う感情が勝っていた。吸い込まれそうな、飲み込まれそうな、そんな瞳を持つアシュガ様が、ちょっと怖かったから。
「本日、キリヤ殿は城外にある特殊訓練場にて合同訓練中です。良ければそちらまで、わたくしがご案内致しましょうか?」
「え、宜しいのですか? あ、ありがとうございます! 助かります!」
私が軽く会釈をして感謝を伝えると、彼女は大勢の人でごった返し始めた大通りを指差した。
「ではその前に、軽くお茶でもいかがですか?」
「……え?」
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