第10話 アシュガ・エドガー侯爵令嬢
人で賑わう大通りに、人気のカフェがある。日によっては予約しないと席に座れないと言う、噂のお店だ。
私はよくわからないまま、アシュガ様の後に付いてきていた。
「おい、退け」
「え?」
店のテラスにある特別席に座ったご年配の紳士とご婦人。その二人に冷めた視線を送るアシュガ様は、その一言を言い放っていた。
「聞こえなかったのか? 今一度言う。退け、と言ったんだ」
軍服を纏った彼女に睨まれ、怯える様に体を震わせる二人。彼らは慌てて地面に置いた荷物を手に持つと、アシュガ様に一礼をして逃げる様に店から立ち去った。
「さぁ、どうぞ。ミルフォリム様」
(え、えぇぇぇぇぇ……)
あまりの横暴ぶりにドン引きする私を横目に見ながら、彼女は早速、奪い盗ったばかりの席へと腰を降ろした。
「注文しますので、早くお座りください」
「え、えっと……その」
「さぁ、遠慮なさらず」
「……はい」
とても穏やかなのに、どこか冷たいアシュガ様の笑顔。私は何も言い返すことが出来ずに、勧められるがまま席へと座った。
強引な手段で特等テラス席に座ったアシュガ様と私に、通りを歩く人々や周りの席の方々が刺さる様な視線を浴びせてくる。この居た堪れない空気に、私は今すぐにでも逃げ出したい気持ちだった。
「いつものを二つ。あ、時間はあまりないから、ポットのでいいぞ」
そんな視線も空気もこれっぽっちも気にしていないのか、アシュガ様は何事も無かったかの様にホールスタッフの女性に注文を言いつける。
「かしこまりました」
と、メイド服を纏った女性は深々とお辞儀をすると、音もなく店内へと消えていった。一連の出来事が、さも日常であるかの様に。
「さてと。では、お茶が来るまで何かお話でも……」
「あ、あの、アシュガ様」
「はい、なんでしょうか」
私の胸でさざ波立つ、罪悪感と良心の呵責。
「その、先に座られていた方たちを立ち退かせてまで、座ると言うのは」
「ん? ああ、そのことですか。お気になさらず、いつもの事ですから」
「いつも……」
どうやら彼女は、いつも高圧的な態度で一般市民を立ち退かせては、この特別席に座っている様だ。まさに
「おや、怒っておいでですか?」
私は自分でも気づかない内に、彼女に対して鋭い視線を送っていたらしい。
「お、怒ると言うか。人として、あまり褒められた行動ではないかと存じます」
「ふむ、さすがは聖女様。お堅い、お堅い」
「からかわないで下さい。聖女である事と、今の発言は関係ありません。ただ、人としてそう思っただけです」
「人として、ねぇ」
最初は見目麗しく快活な人だなと言う印象を受けたが、段々と、ただの我儘放題な貴族令嬢に思えて来た。まぁ、実際に元が御令嬢なのだけれども。
しかし、侯爵家の御息女ともあろうお方が、何故に男だらけの縦社会である騎士の世界に進もうと考えたのだろうか。それだけの生まれならば、わざわざその様な苦労をせずとも生きていけるだろうし、素晴らしい縁組もあるはずなのに……だ。
「なぜ、この女は騎士なんてやっているんだ? と、お考えですか?」
「え? あ!いえ! 決してその様な事は」
思わず心の中で小さく『ひぃ』と悲鳴をあげていた。アシュガ様は、人の心が読めるとでも言うのだろうか。やはり、この方は得体が知れなくて不気味だ。
「ミルフォリム様がどの様にお考えかは知りませんが、なにも特別な理由なんてありませんよ。わたくしは、只々、父上や兄上たちの言う事を聞くだけの女にはなりたくなかった、それだけのことです」
私はとりあえず『なるほど』と、小さく頷いた。
「バカデカいだけの無機質な城の一室で、朝から晩まで淑女とは何かとか勉強させられたり、好きでも何でもない男と婚約させられたり。そんな、自由も何もない人生なんて、つまらないし、たまったものではありません。だからわたくしは、生まれながらにして授かったこの力で、自分の事は自分で決めると、そう心に決めたのです」
アシュガ様が”パチン”と指を鳴らすと、その指先には飴玉ほどの小さな炎が灯っていた。彼女の指先で絶えず揺らめく赤い炎と、微かに漂う火の精霊の香り。
「火の魔法……」
それは間違いなく、火の精霊と契約して使える様になる火炎魔法だった。これこそが、彼女が赤の騎士と呼ばれる所以だろう。
「欲しい物は自分の力で手に入れる。地位だって、名声だって、富だって、そして生涯の伴侶だって。何だって自分の力で手に入れてみせる。いずれはこの国の誰よりも力と権力を握り、父上だろうが兄上だろうが、地べたにひざまつかせて、泣いて謝らせてやりますよ、アッハハハハハハ!」
彼女は高笑いしながら手をギュっと握り、指に灯っていた火を消した。
「そ、そうですか。その想い、いつか叶うと宜しいですね」
自分の力で物事を成そうと言う考えはとても共感できるのだが、父君や御兄弟をそこまでして見返してやろうと言う考えは、私にはあまり理解出来ない感情だった。
だけども、どこまでも我を通そうとするこの方とは仲良くは出来ないかなって思う反面、彼女は彼女で苦労をしていて、そして強い方なんだなとは感じた。なにせこの若さで、王より
「お待たせいたしました」
「……あ」
そんな会話をしていると、いつの間にか目の前に、美しい装飾が施されたティーカップが置かれていた。
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