第8話 謝る為に王城へ

 ”本日急遽お休みします、明日は定休日です”


 出入り口の扉に、いつもの札ではなく手書きの札をかけた。


 「今日来る人ごめんなさい! どうしてもこのモヤモヤから解放されたいの!」


 私は来るかもしれないお客さんたちに謝りながら、お店の扉に鍵をかける。


 「じゃ、行ってきます」


 手には先日作ったポーションと小さなグラスが入ったバスケットを抱え、彼がいるであろう王城へと向かって歩き出した。


 (近衛騎士って言ってたし、お城に居るよね?)


 いくつもの路地と民家を抜けて、この王都で一番人が集まって賑わう大通りへと出る。小鳥たちの囀りに混じって、商売人たちの声が時折聞こえてくるが、まだ朝早い為か、人の通りはまばらであった。


 「おう、おはようミルフィちゃん!」


 城下町に住む人々は、私の事をサリスアム神教のミルフォリム=エルドランである事を知らない。ポーション屋を経営しているミルフィとして認識しているから、みんな気軽に挨拶をしてくれる。


 「あ、おはようございます、ゼペッタさん」


 声がした方へ振り返ると、果物屋のおじさまが笑顔で手を振っていた。


 「って言うか、ミルフィちゃんが今の時間ここにいるって事は、今日はお店は休みなのかい?」


 「はい、実はそうなんです。申し訳ないのですが、急な用事が出来てしまったので、今日と明日はお休みを頂こうと思っているんです」


 私は彼に軽く頭を下げる。


 「あぁ~、そっかぁ。最近ちょ~っと関節が痛むからさぁ、仕事が終ったら薬を買いに行こうと思っていたんだけど。まぁ、しょうがないよな。そりゃ、ミルフィちゃんにも都合ってものがあるもんよ」


 おじさまの言葉に、私はしばし思案する。


 「……えっと、仕事終わりって言うなら夕方ですよね?」


 「え? ああ、うん。片付けしてたらそんなもんかな」

 

 「でしたらその時間までには帰ってきてると思いますので、アトリエの方の扉から来てくださいますか?」


 「えっ、いいのかい?」


 「ええ、もちろんです。それでは、お待ちしていますね」


 「ありがとう!」と、笑顔で手を振るおじさんに手を振り返し、私は大通りを真っすぐに王城へと向かって歩き出した。


                 ◇◆◇◆


 高い城壁に囲まれた石造りの建物、数百年の歴史を積み重ねてきた、由緒あるアランベルク王城。その城への侵入を防ぐ為に建造された大きな城門の前には、数人の兵士が忙しそうに行き来していた。


 「来たのはいいとして……どうやって会えばいいのかしら」


 そんな風にキョロキョロしていた私に、城門の横にある小さな扉にいた四人の兵士の内の一人が声をかけてきた。


 「おい、そこの娘! そんなところで何をキョロキョロしておるのだ!」


 男性の大きな声に、一瞬、ドキリとする。


 「え?! あ、はい! その、人に会いに来たのですが!」


 するとその兵士は、私の事を頭の先から足の先まで舐め回す様にジロジロと見て来た。彼も仕事なのだろうけど、あまりいい気分はしない。


 「なんだ? 城内に知り合いでもいるのか?」


 「えっと、その、知り合いと言いますか……」


 私は婚約者と言うのが躊躇ためらわれて、声が消え入りそうになっていく。言ってしまうと、婚約や他の事を認めてしまう事になると思ったから。


 「あん? なんだって? 声が小さいぞ?」


 だが、こんな所でまごまごしていても仕方がない。意を決して、大声で叫んだ。


 「こ、こ、こ、こ、こんにゃく者がいるのです!」


 噛んでしまった。


 「は? こんにゃく?」


 彼以外の周りの兵士は、豪快に笑っている。私はあまりの恥ずかしさに、顔が真っ赤になっていくのを感じた。頬だけではなく、耳の先まで熱い。


 「こん、婚約者です! 近衛騎士のキリヤって方に会いに来ました!」


 「キリヤ? 光の騎士のキリヤ様?」


 「は、はい……」


 「はぁ、全く」


 私の言葉を聞いた兵士は、あしらう様に手を振った。


 「さぁ、帰った帰った。そんな嘘に誰が騙されるかってんだ」


 「え? いえ、嘘ではありません! 私は……」


 そこまで口にして、言葉を飲んだ。私はこの数年、本当の自分と決別して生きて来た。だから、自分がミルフォリムであると宣言する事に、強い嫌悪感を覚えていた。


 それに、この様子では言ったところで信じては貰えないだろう。気乗りはしないけれども、お父様を通して彼に会うしか方法はないのかもしれない。


 そう考えた私は、そのまま口を噤んだ。


 「キリヤ様の婚約者と言えば、サリスアム神教の聖女ミルフォリム様だ。お前みたいな町娘なんかではないぞ。わかったなら、早くかえ……」


 「おい、そこの貴様。首が飛ぶのが怖くはないのか?」


 周りの雑踏にも負けない、凛とした女性の声が辺りに響き渡った。

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