第7話 もふもふで不思議な猫のアルメリア

 慌てて裏庭へと繋がる扉を開けると、そこには、花壇で栽培している草花を避ける様に歩いてくる猫の姿があった。


 「ニャオン」


 艶々でモフモフな毛を纏った黒猫。ある事がキッカケで出会った音の精霊、アルメリアだ。


 音の精霊とは、契約者だけに色々な情報を音で知らせてくれる精霊である。


 先ほど鳴った鈴の音、あれも本物の鈴の音ではなく、この子が帰りを報せる為に、私だけに聞こえる様に鳴らしてくれたものだ。


 でも、音の精霊とは言ったものの、この子はとても変わっている。まず、姿が見えていることだ。本来、精霊とは肉眼で見る事が叶わずに、神代の言葉である古代語で会話することでしか接触する方法がない存在である。しかし、アルメリアは猫の姿で体現しており、実際に触る事も出来るのだ。


 では何故、私がこの子を精霊だと認識しているのかと言うと、その答えは匂いがするからである。私は精霊と会話することが出来ないのだが、彼らの存在を匂いで知ることが出来た。魔法を使った後に、彼らがそこに居た証の残り香を感じるのだ。


 そんな変わった私と音の精霊と同じ匂いのする猫は、出会った日からずっと一緒にいる。契約もしていない私の元を、この子は一切離れようとはしなかったから。


 だから、今も一緒に居る。


 「アルメリア、おかえりぃ」


 「ニャン」


 軽快な返事を返しながら、私の足元まで小走りで近づいてくると、体を擦り付けてきた。そんなアルメリアを軽く一撫でしてあげ……いや、足りない。いっぱい撫でてあげた。毛づくろいで綺麗に手入れされた毛をモフモフする度に、嵐の如く荒れまくった私の心を癒してくれる。


 「ふふ~ん♪ どこにいっていたの~アルメリア? お日様の匂い、い~っぱいするよぉ?」


 今日も一日、お気に入りの場所で日向ぼっこしてきたのだろう。滑らかに艶めく黒い毛が、とっても温かい。


 「お腹も触らせてくれるの? 優しいねぇアルメリアは」


 「ニャウン」


 甘えた声で鳴いてくるアルメリア。


 リクエストに応えてアゴの下を撫でてあげると、それがとても気持ちいいのか、目を細めてグルグルと喉を鳴らし始めた。


 「ここ、撫でられるの大好きだもんねぇ」


 そうやってしばらく撫でていると、ふとある事を思い出した。


 「あ、そうだ! アルメリア、お腹空いたんじゃない? 何にも食べずに朝からお出かけしてたし」


 「ニャン」

 

 「ふふっ、お腹ペコペコだよねぇ。もう、ご飯出来てるよ。ちょっと待ってて」


 私は立ち上がり、一度アトリエの中へと戻って小さな鍋を手にする。鍋の中身は魚の白身と、細かく刻んだ少量のアスパラガスにキャベツ、それとさつまいもを炊いて混ぜ合わせたものが入っている。アルメリアの大好きな物ばかり。


 それを持って、再び外へと出る。


 「おいで、アルメリア」


 私がアトリエの横にある納屋へと入ると、アルメリアも鈴の音を鳴らしながら後をついてきた。納屋の中は小さなベッドがあり、私とこの子の寝室となっている。私はアトリエで食事をとるのだが、精霊でも毛が抜けるアルメリアをアトリエに入れる訳には行かないので、ここでご飯を食べて貰う事にしている。


 早速、手にした鍋の中身を、床に置いた深めのお皿へと移してあげた。


 「はい、どうぞ」


 アルメリアは私の顔を一度見た後、お皿の中の物をがっつき始めた。


 「そんなに慌てなくても、誰もとらないよ?」


 そんな愛らしいアルメリアの姿をジッと眺めていると、優しい気持ちが内から溢れてきて、心が落ち着いてくる。


 すると、何故だかシエラの顔が浮かんできた。


 『悪い事したら、ちゃんと謝りましょうね。フォリィ様』


 記憶の中のシエラは、いつも優しく微笑んでくれる。彼女は優しいだけじゃなくて、人として生きていく上で、とても大切な事も私に教えてくれた。


 「そうよね。悪いことしたなら、謝らなくちゃダメよね」


 「ニャウン?」


 「何でもないよ。アルメリアは、ゆっくり食べててね」


 思い立ったが吉日。


 私はアトリエへと戻ると、手洗いを済ませ、種類ごとに区分けされた薬草棚から薬花や植物の根などをを取り出した。そして、机に開いたままの薬草図鑑を閉じて、それらを並べていく。


 「お詫びの品になるか、わかんないけど……」


 水を入れた鍋に火をかけて、私はポーション作りを開始した。

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