第6話 口にした言葉、後悔
傾き始めた夕日が、部屋の中を暖かいオレンジ色に染め上げる。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
狐の仮面の人物が帰った後も仕事に一切身が入らず、一日中ボーっとして過ごしていた。店に来たお客さんが私の事を心配して声をかけてくれたが、大丈夫ですと返すのが精いっぱいだった。
「うぅぅぅぅぅぅぅぅ……何やってんだろ、私」
分厚い薬草図鑑を開いたまま、私は木製の机に突っ伏していた。
お店の奥にある小さなアトリエ。
ポーションを調合する為の鉄製の鍋やガラス製のフラスコと試験官。それに、香りを抽出するための水蒸気蒸留装置が所狭しと並んでいる。部屋の隅には、流し台があり、アトリエ……と言うか、元はキッチンだったのものを仕事用に改装していた。
「婚約……狐の仮面……それに、お父様」
薬品や花の香りに包まれながら、私は今朝あった出来事を思い出す。
まさに青天の霹靂とでも言うべき出来事であった。
狐の面を付けた異国の衣装を纏った人物から聞かされた婚約の話。しかも、婚約の相手はその話を語ってくれたその人物だった。
まだ婚約の段階ではあるものの、全く素性を知らない人物といきなり結婚しろと言われても非常に困る。あのキリヤって人物が陛下に拾われて、狐の面で顔半分を隠した近衛騎士である、と言う事以外、彼の詳細を全く知らない。
まぁ、多分その辺りの話も彼が今日してくれる予定だったのだろうと思う。ただ、私が一方的に癇癪を起して聞かなかっただけだ。
だから、彼の事はちゃんと話を聞けばいいだけ……なのだが。
それよりも問題なのは、騎士様なんかと結婚してしまったら仕事を辞めることになる可能性がとても高いと言う事だ。そうなると、多額の借金までして始めたこのお店は畳まなくてはならなくなってしまう。
それだけは、絶対に嫌だ。
このお店は、家を出てから私が一人で生きて来た証だから。
誰にも頼らず、自分で一から始めて私という人間を形にした証。それを、一年も経たずに手放してしまうなんて、出来る訳がない。
そんな風に婚約の話だけでもすでに頭がいっぱいなのに、それだけに留まらず、親の名前や人形の様に婚約者やれって話に感情的になってしまった。
色んな事がごちゃ混ぜになって混乱してしまい、自分でも何を言っていたかなんてこれっぽっちも覚えていない。とりあえず、目の前の狐面の人物に早く帰って貰いたい一心で、心の中のモノを恥ずかしげもなくブチまけていた。
彼にとても失礼な事言ったかもしれない。
彼を凄く傷つける事を言ったかもしれない。
そう考えると、罪悪感と後悔とで、心がとても重たくなっていった。
「あぁぁぁぁぁぁ、私何を言ったんだろう……初めて会った人に、あんな醜態をさらしながら感情をぶつけてしまうなんて。うぅぅぅぅ、すごく恥ずかしい」
自己嫌悪と羞恥心。それらが入り混じり、居ても立っても居られなくなる。
「どうしたらいいの? このままじゃ、仕事なんて手に着かないし、悩みすぎて頭と心が爆発しちゃうぅぅ、あぁぁぁ~……」
呻き声を上げて、机に肘をつきながら頭を抱えこむ。
そんな風に一人で悶えていると、外から”ちりん”と鈴の音が聞こえてきた。その音に、私はハッとして顔を上げる。
「あ、アルメリアが帰って来た」
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