第5話 収まらない怒り

 何故に私が、教皇と王族の面子を守る為に、その様なパーティー出席しなければならないのか、私には全く理解出来ない。実にバカげた話である。


 今まで散々ほったらかしにしておいて、どこの誰とも知れない人を婚約者にあてがい、出たくもないマリィと王子様の婚約パーティーに参加しろとか……


 そんな冗談は、休み休み言って欲しい。


 「ですから、あなた様は無理に婚約の話を納得する必要はありません。ただ、理解だけして頂くだけで結構です」


 「は?」


 納得しなくていい? それってつまり、お前は黙ってお人形の様についてこいって言っているの? 文句言わずに、大人しく結婚して妻をやれって? 


 ────バカにして……


 ここまで侮辱されたのは、人生で初めてだった。


 ない、ない、こんなの有り得ない。


 なんで私がこれまで積み重ねてきた自分の人生を犠牲にしてまで、妹のお祝いに行かなくてはならないのか。そんなの、とってもふざけている。


 「ただ、私と共にダンデルド殿下の婚約披露パーティーに参加して……」


 「ふざけないでよ」


 「え?」


 今までずっと抑えていた感情が、心の奥底から一気に噴き出してきた。


 「ふざけないでって言ったのよ!」


 私は手に持っていた液体の入ったビンを、力いっぱい床に叩きつけた。


 「なんで私が、あなたなんかと一緒に、そんな下らないパーティーに参加しなければならないのよ! 一体なんの冗談だって言うの!?」


 割れた瓶から、緑色の液体が飛び出して床一面に広がっていく。ポーション特有の薬品っぽい匂いが、たちまち店内に充満していった。


 「今までほったらかしにして、マリィが王族と婚約するから、お前も婚約者を連れてパーティーに出席しろですって?! 意味わかんない! 恥さらしは恥さらしなりに、上辺だけでも取り繕えって、そういうことなんでしょ?!」


 「……」


 彼は私の話を黙って聞いていた。狐の仮面を被っているせいで、彼の表情を窺い知る事は全く出来ない。そのことが、余計に私の癇に障っていた。


 「二度と帰って来るなって言ったクセに、婚約相手は勝手に決めて! しかも相手が、こんなフザけた仮面で顔を隠した訳わかんない人物だとか、フザけるのも大概にしてよ! いずれは仕事だって辞めて、お店も畳んで、そして子供を産めとか、そう言うんでしょ!?」


 「ミルフォリム様、落ち着いてわたくしの話を……」


 「聞きたくない! 聞きたくない! そんな話は聞きたくない! あなたの話なんて、これっぽっちも聞きたくないんだから!」


 「……」


 「帰って! 今すぐ帰ってよ!」


 滲んでくる涙で、目の前に立つ彼の姿がぐにゃぐにゃに歪んで見える。私の頬を、熱い雫が伝っていくのを感じた。


 納得はせずに、理解だけして結婚をしろ。


 とても悔しかった。ただ、ただ、悔しかった。


 彼らの都合だけで話を進めて、私の気持ちと人生を軽んじている事がとても悔しかった。私は好き勝手にされる人形じゃない、生きた人間だ。


 私にだって、心があるんだ。


 「私は今まで一人で生きて来たわ。誰にも頼らず、なんだって一人でやってきた。これからだって、一人で生きていく」


 「ミルフォリム様……」


 「私は誰も必要としないし、誰も愛さない。これまでも、これからも、私が必要として愛した人は、ただ一人。親代わりのシエラだけよ」


 彼は微動だにせずに、私を見つめていたと思う。仮面で視線が見えないから、顔の向きでそう想像するしかない。キリヤと名乗った彼はしばらく黙っていたが、おもむろに屈んで割れたビンの破片を集めようとした。


 その好意……いや、行為を私は制止する。


 「触らないで!」


 彼の手が、破片の手前でピタッと止まる。


 「いいから、今すぐここから出て行って」


 「……」


 彼は破片を拾うのを諦めて、シルクの擦れる音を立てながら立ち上がった。


 「ミルフォリム様、今日は突然お邪魔して大変失礼致しました。また、後日……日を改めてお伺いしようと思います」


 再び綺麗な所作で、私へと一礼する。


 「もう、二度と来ないで」


 その言葉を聞いた彼は、着物を翻し私へと背を向けた。


 「ガラスの破片は大変危険ですので、片付けられる際は十分にお気をつけ下さい」


 「……」


 「それでは、失礼致します」

 

 そう言い残すと、店の扉を静かに開けて外へと出て行った。


 カラン、カランと、呼び鈴の音だけが店内に響く。


 「もう、ほっといてよ、私に関わらないでよ……女神様」

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